高台編、次は牛込台地北側・漱石誕生之地・小倉屋酒店である。
【所在地】
喜久井町、馬場下町。
【コメント】
このあたりは、大久保通りが尾根道でだいたい標高30m越え。
若松町の交差点から、坂道を300mほど北へ下ると、だいたい標高20m。
それから、北西に「夏目坂」と名付けられた坂を200mほど下ると、地下鉄早稲田駅前交差点に至る。
だいたい、この辺で標高10mである。
この周辺で有名なところは、交差点の一角にある小倉屋酒店(「こくらや」と読むそうだ)。
「忠臣蔵」に出てくる堀部安兵衛が「高田馬場の決闘」のために、茅場町から高田馬場まで駆け出してきた時のこと。
この酒屋で一杯ひっかけていったとか。
今なら地下鉄東西線に乗って20分くらいで到着する距離であるが、駆け出したら、かなり大変である。
(まあ、この「伯父上、高田馬場はまだかー」の下りは、後世の創作である。)
それから、その隣の敷地が夏目漱石の実家跡。
今でも通りに面して「夏目漱石誕生之地」という碑が建っている。
漱石先生が亡くなったところは、今の漱石記念館のある場所。
だいたい東へ400mほどのところである。
この400mの間に、この先生、浅草や四谷や本郷や松山や熊本やロンドンや朝鮮半島や満州や修善寺やその他さまざまな場所に行ったことになる。
考えてみれば、ずいぶん長い400mである。
そうか。
そうなると、このあたりの裏の方に山城屋という質屋があり、鉢の開いた頭の勘太郎という倅がいたことになるのか。
ある意味、この交差点、日本の文学と歴史の集積地でもあるようだ。
近くの馬鹿田大学の学生は、一応近所なので、このくらいのことは卒業するまでに、覚えていくそうである。