超短小説”清貧亭別館”
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脱糞記

うんち


最初の脱糞は午前3時手前。角度は浅め。上体を逸らすようにして捻り出す。
幾分の苦悶の後、極楽となる。肛門の損傷なし。注水後、軽やかな渦を巻く。
明け方の夢のごとく、思い返す暇もなく消え落ちる。

二度目の脱糞は、昼食の後。自宅のトイレに駆け込む。邪念が起こり没頭出来ない。
捻る前に漏れ落ちる。手応えを捕まえられない。便は抜け落ちるが「失意」が残る。
何ものかの呪縛を感じる。焦燥・後悔・疑念・・。便意の中に潜む悪意。
幸い肛門の損傷なし。僅かな希望の光あり。

最後の脱糞は就寝前。リラックスした長目のアドレス。理想的な流線型のフォーム。
充分なウォーミング・アップの後、粛々とリリース。
突然の激痛。非常ランプ点灯。コントロール・ルームは激震パニック。
肛門に致命的損傷。救急班出動。ボラギノール装填。エネルギー充填120%。ボラギノール砲発射。
薄れ行く苦痛。終結へ向かう突発事故。滴り落ちる汗。

誰も傷つけてはならない。脱糞は、誰も傷つけてはならない。

ワン・ラブ

Legend

Bob Marley & the Wailers / Legend

窓から海が見渡せる場所に差しかかると、妻は突然ブレーキを踏んで、車を路側帯に止めた。
何も言わずに、表に飛び出すと、海に向かって走り出した。
私は、慌てて後を追う。

妻は砂浜でヒールを投げ捨てた。振り返った時、笑っているように見えた。
私は走るのを止め、歩いて妻の後を追った。

海風は、かなり冷い。
妻は、波打ち際で海を眺めている。

「驚いた?」妻は振り返って、そう言った。
私は、うなずく。

海風が、妻の髪を宙に投げ上げる。
「老けたな~」妻の顔を眺めながら私は思う。もちろん私も老けてしまった。

「私、変わったでしょ?」妻は聞く。
「いや。そうでも無いよ」私はウソをつく。

妻は下唇を軽く噛む。それが癖なんだ。
初めて会った日にも、そうやって下唇を噛んでいた。

当時の妻は、驚くほど派手な口紅を塗っていた。
「あなたの眉毛が太いのに驚いたわ」後に私の第一印象を、妻は語った。

今の妻は、あの頃のように派手な口紅を塗っていない。あの頃のように瞳をクルクル回さない。
肌のハリも無くなった。シワも増えた。白髪も目立つ。

でも、笑い声は変わらない。

「今日は良い気分だと思わない?」妻は、晴れた空を眺めながら言う。
「そうだね」

「こんな日に、炊飯器を買い換えるってのは、どう?」妻は言う。
「良いね。最近、水っぽかったし」私は、そのアイディアを歓迎する。

結局、今の我々に必要なのは、ささやかなアイディアなんだ。
本当に、ささやかで良いんだ。

しらすおろしご飯が求める朝

しらす


それは寒い冬の朝だ。君は目を覚ます。やがて、その事に気が付く、寒い冬の朝なんだって事に。

君は布団に頭から包まる。そして眠りが再び君をさらう瞬間を待つ。
チュンチュン鳥が鳴いてるのが聞こえる。カーテンごしに穏やかな日の光が射し込むのが分かる。でも君は布団の外の世界に魅力を感じない。
が、しかし、君は布団の中で、その匂いを嗅ぐ。クンクン。
ん!んんん!「今日が、その日だったのか!」君は布団から跳ね起きる。そして枕元の時計に飛び付く。
午前9時20分。
まだ間に合う。午前11時までならギリギリ容認範囲であろう。

君は台所に駆け付け、お米をとぐ。朝の水道水は飛び上がるほど冷たい。しかし君の覚悟は決まっている。この日を逃してなるものか。
炊飯ジャーのスイッチを入れると、急いで顔を洗い、服を着替える。
慌ててアパートから飛び出ると自転車に乗って近くのスーパーに向かう。

スーパーの買い物カゴを引っ掴むと、君は鮮魚コーナーに突進する。目指すは「しらす」だ。
釜揚げのプヨプヨした「しらす」を捕獲すると、次ぎは野菜売場へ直行する。
まずは大根1/2、そして小松菜・里芋を手中にする。さらに踵を返すように豆腐売場へ。油揚げを見事に奪取。勇んでレジで会計を。ポイントカードとか悠長な事は言ってられない。

自転車を飛ばして部屋に戻ると、炊飯ジャーは湯気を上げている。うむむ。良い感じに事態は進展している。
君は満足げに鍋に水を貯め、火にかける。野菜を洗い、皮を剥く。さらにバッサバッサと切り刻む。
沸騰した鍋に里芋を入れ、火を通す。大根を摩り下ろす。手が冷たくて痛いけど、ちょっとだけ我慢して、その作業を続ける。里芋が柔らかくなったら小松菜・油揚げを投入し味噌汁を作る。
炊き上がったご飯に大根おろしをドッサリ乗せて、上から「しらす」を振り掛け、お醤油をたらす。
味噌汁をお椀に注ぎ、箸を揃える。準備完了。君は時計を見る。
10時40分。速い!君は自身の無駄のない仕事ぶりを称える。

「しらすおろしご飯」が求める朝がある。「しらすおろしご飯」は意外と融通が効かない。
厳しく吟味され限定された朝を提示する。それが、この日の朝だった。
君は「しらすおろしご飯」の課した試練に耐え抜いたのだ。

さて、いただこう。
あ、BGMでも流そうか。キャット・スティーブンス「雨にぬれた朝」が最適。

「いただきます」君は手を合わせる。
<プユプユしらす>と<サクサク大根おろし>と<ホコホコ炊き立てご飯>が口内で入り乱れる。
時にプユプユ。時にサクサク。時にホコホコ。なんとも美味い。
時折、小松菜と里芋と油揚げの味噌汁を流し込む。アツアツでプリプリ・シャキシャキした感触が堪えられない。

君は「しらすおろしご飯」のもたらした幸福に感謝する。そう。
それは、この朝にこそ相応しい。
「しらすおろしご飯」は、誰よりもそれを知っている。
誰よりも、その朝に敬意を払っているのだ。

No More Blue Horizons

China Crisis

China Crisis / The Best Songs Of..


「親がね、会社やってるんだ。金持ちなんだよ」ミヨシ先輩は小さく微笑んだ。
僕らはミヨシ先輩の部屋へと向かうエレベータの中にいた。先輩の住んでるマンションは誰が見ても高級だと分かる豪華な造りだった。
2LDKはある広々とした部屋に先輩は一人で住んでいた。

先輩の部屋の中では、そこにある何もかもが床に直に置かれていた。
あらゆる品物が、部屋のあちこちでベッタリと横倒しにされている。
ちょうど田舎の陶器市で道なりを覆い尽くすように並べられた色取り取りの陶器のようだった。
キッチンにはコップや大皿小皿、鍋やポット、ビールやワインがホームセンターのバックヤードのように直に床に置かれていた。冷蔵庫も食器棚も椅子もテーブルもなかった。

リビングではテレビやオーディオ機器が。雑誌もCDも。メイク道具も宝石も。全てが広々としたフロア全体の床に転がっていた。ソファや収納ラックはなかった。

一つの部屋は、まるごと衣装部屋になっていた。フォーマルであれカジュアルであれ、どの衣装も床に直に寝かされている。フリーマーケットの古着屋のような感じだ。
もちろんタンスは見当たらなかった。

ミヨシ先輩は衣装部屋に入るとスルスルとスーツを脱いで全裸になった。脱いだスーツは空いた場所に丁寧に寝かされた。
全裸のミヨシ先輩は、ピョンピョンと衣装の海を飛び跳ねて、何枚かの衣装を拾い上げていった。

先輩は古いトレーニングウェアの上下を素肌の上に羽織った。そのウェアの背中には「3-2 ミヨシ」と書かれた白い布が縫い付けられていた。
「それは・・」僕はミヨシ先輩の背中を見つめて思わず言葉が漏れた。
ミヨシ先輩は魅力的に微笑んだ。
「そうそう。高校の時のトレパンとトレシャツ。これ着ないと落ちつかないんだよ」
ミヨシ先輩はその場に体育座りして僕を見上げた。


ミヨシ先輩と僕は、同じデパートの社員として働いていた。
ミヨシ先輩は衣料品の担当で、食品担当の僕とはフロアも違っていた。
先輩は僕より五つか六つ年上のようだった。

僕は、よく仕事場を抜け出して非常階段の下にある喫煙スペースでタバコ吸っていた。
そこでミヨシ先輩とよく一緒になった。
ミヨシ先輩は長身でキツイ目つきをしていた。同僚の誰もが感じの悪い女だと評したが、僕にはミヨシ先輩の何もかもが魅力的に感じられた。
ミヨシ先輩はジョン・ベルーシのファンだと言った。僕はダン・エイクロイドが大好きだった。それで僕らは友達になった。


「座りなよ」体操服姿のミヨシ先輩は突っ立っていた僕に声をかけた。
僕は散らばってる品物の隙間に腰を下ろした。
ミヨシ先輩は床に置いてあったグラスに手を伸ばし、別な場所に転がっていたバーボンを拾い上げて注いだ。
ミヨシ先輩は床を四つん這いになって歩き回り、必要な物を拾い集めた。

「ポッキー食べるかい?」先輩の手にはポッキーの箱が握られていた。
僕はうなずく。
先輩は封を開けてポッキーの中身を取り出すと一本一本床の上に並べて行く。
僕はバーボンを舐めながら、その作業を眺めている。

「ピッタリと貼り付いてなきゃ信じられないんだ」ミヨシ先輩は不意に話し始めた。
僕は黙って話しを聞く。

「人間ってさ。どれだけ膨らんでるかがステイタスなんだよ。いろんな物がイッパイ詰まってるだよって姿を見せびらかしたいんだね。どいつもこいつもブテブテに膨らんだ豚ばっかりなんだよ。」
先輩は床の上のポッキーを一本口にくわえた。

「あんまり膨らんじゃってるから、誰と接してもシックリ・ピッタリなんて無理なんだ。ほら、身動き取れなくなってるヤツ。よく見かけるよな?言ってる事わかる?」
先輩は僕に聞く。

「わかりますよ。でもね。誰とでも貼りつこうとは思いませんよ。僕はね」

「そりゃそうだよ。嫌なヤツとか触れたくもないね。私もさ。でもね。私はさ。やっぱり誰かとピッタリと貼りつきたいんだよ。もう全然動けませ~んってくらいにね」先輩はハハハと笑う。

「誰も入ってこれないくらいピッタリ貼りつくんだ。隙間なんて許せないんだ。そんなの必要じゃないんだ」
ミヨシ先輩は、そう言って立ち上がりリビングの明かりを消す。それから、もう一度、体操服を脱ぎ捨て全裸になって床に横たわった。

「なあ。私をペチャンコに押し潰してくれないか?」先輩は床に寝たまま僕に言う。

僕は立ち上がり服を脱ぎ捨てる。素っ裸で先輩の上に覆い被さる。
僕らは2枚の下敷きのようにピッタリと重なり合う。先輩の柔らかい肌が、僕の身体を満たして行く。

「どうだい?どんな感じだい?」先輩は僕の耳元でささやく。

「先輩って水平ですよ。どこまでも水平ですよ」僕は答える。

ミヨシ先輩は嬉しそうにクククと笑う。「そうかい。そうかい。私しゃ水平線になったのかい」

僕は先輩の唇に舌をはわし、水平線をかき回す。