1997年にJICA事務所より、「地方分権化」について話す機会をいただき、以下の考察を文章にまとめて発表いたしました。
 
この16年前に書いた文書を読んでいて、推敲の過程で見つかった思い違い等を修正し、私のブログ『サンクリス通信』に掲載することを思いつきました。
 
当時も今も同じ状況ですが、一介の技術者であった私が政治について語ることには限界がありました。
 
ただ有利な点としては、JICAの専門家であった43ヶ月とメキシコ連邦政府の公務員であった8年間の合計12年にわたって、メキシコ行政の内部で、メキシコの地方分権化のプロセスを生きてきた経験があります。
 
その利点を生かしつつ、少し総論的な視点からこのテーマについての考察を行ってみることとしました。
 
当時なんですが、地方分権化の事実関係に関して調べていくうちに、どうも理解しにくい状況が多いことに気が付きました。
 
その原因を突き詰めていきますと、
 
①中央集権的な大統領制、
②言葉の定義の曖昧さ、
③連邦制を規定した憲法を持ちながら中央集権制が確立されてきた歴史的経緯、
 
といった3つの点が、地方分権化の意味を不可解なものとしていることが明らかになりました。
 
そこで前述の3点についての考察を、当時大蔵省の官房に勤務していたFrancisco Arroyo氏の見解も取り混ぜながら、以下に展開しました。
 
なお、参考文献は以下のとおり、大した文献ではありません。
 
1.Miguel Alemán VelascoSi el Águila HablaraEditorial Diana: 1996
2.有斐閣選書「概説メキシコ史」
3.メキシコの定期刊行物である"EPOCA"および "PROCESO"のバックナンバー
4.メキシコ大蔵省1997年度歳出計画案
5.Luis Pasos "Historia sinóptica de México", EDITORIAL DIANA, 1994
6.メキシコ合衆国憲法、連邦行政組織法等、関連諸法
 
1.中央集権制の象徴である大統領制と地方分権化
 
  "Si el Águila Hablara"に見る大統領像
 
政権担当5年目を迎えた大統領を象徴するジョークを紹介します。
 
『内務大臣に「大臣、ワニが空を飛ぶことを知っていますか。」と聞いた者がいた。

大臣は真面目に「誰がそんな馬鹿げた事を言ったんだ。」と聞き返した。
 
「大統領です。」とその者は答えると、大臣は真剣に、「当然ワニは飛ぶんだ。ただ非常に低く地面すれすれに這うようにだけれどな。」と語った。』
 
くどい様ですがもう一つのジョークをご紹介します。
 
『大統領は不機嫌に誰とにもなく「今何時だ。」と聞いた。 即座にある者が「大統領閣下の仰せになるとおりの時間でございます。」と答えた。』
 
これらは、元大統領の息子のミゲル・アレマン・べラスコが書いた、Si el Águila Hablaraもし鷲が語ったとしたら(メキシコのEditorial Dianaにより1996年に出版)』と題する小説の中の描写です。
 
1941年から97歳で死去する1997年までメキシコ労働者同盟
CTM Confederación de Trabajadores de México)の総書記長であったフィデル・ベラスケスを思わせる側面もあるディエゴと称する主人公が、日本人記者トシロ・ムツに思い出を語る形式をとっています。
 
ちなみにCTMは日本で言えば昔の総評、そして現在の同盟に相当する労組の連合で、彼は半世紀にわたり、労農同盟を基盤とした革命政党である立憲革命党(PRI: Partido Revolucionario Institucional)の一翼を牛耳ることで、メキシコの大統領の指名に大きな影響力を持つキングメーカーの役割を果たしていました。
 
前述の2つのジョークから、、大統領は、6年間という期限付きですが、独裁者であることに注目していただきたいと思います。
 
条文化された(Explicita: 明白な) 権限と条文化されていない(Implícita: 暗黙の) 権限
 
それでは、フランスの三権分立という政治形態の上に成立した大統領制を真似したにもかかわらず、何故大統領が6年間で再選なしという、時限的的ではありますが独裁者となれるかを考えてみますと、以下の3つの条件が揃っていることによって、大統領は三権を思うままに支配することができたと言えます。
 
① 大統領は行政権の長である。(条文化された[Explicita: 明白な] 権限)

② 上院の承認を得ることになっていますが、憲法第96条で最高裁判事を大統領が任命できることになっています。これによって、司法権の支配を行います。(条文化された[Explicita: 明白な] 権限)

③ 19941231日には憲法改正で、最高裁を本来の三権分立の機関とすることが試みられました。

④ つまり大統領は18名の判事候補の名簿を提出し、上院が3分の2の賛成を得て11名を任命することとなりました。

⑤ 大統領は与党の最高権力者として、与党の国会議員候補者リスト作成に絶対的な影響力を及ぼすことで、立法権を支配することになっていました。(条文化されていない[Implícita: 暗黙の] 権限)
 
この様にして大統領は実質上三権を支配することになります。
 
ここで強調したいことは、多少皮肉なことですが、中央集権制の象徴である大統領であるからこそ、地方分権化を強力に推進する権限も持っているということです。
 
次のエントリーでは『2.地方分権化に関連した言葉の定義』について述べてみます。