松山千春コンサート・ツアー2025秋 東京国際フォーラム【7】はこちら
「松山家は、5人家族でした。父さん、松山明。父さんは、ひとりで新聞つくってた。まったく金にはなりません。母さんが出稼ぎで、土方の仕事をしてました。花札が好きな母さんでな。俺が小4のころ、新聞に母さんが載りました。賭博の現行犯。あのとき「すごいぞ!」と新聞を持ってきた、父さんの笑顔は忘れられません」
「いくら貧乏だろうが、幸せな家庭でした。宝物のような毎日だったな」
「父さんが亡くなってから30年経つんだなぁ。。姉ちゃん、母さん、弟。今は、俺ひとりが残りました」
以前のコンサートでは、ご自身の幼少期や家族の想い出を「あのときはさぁ」と話せる相手が居なくなってしまったと仰っていた。松山明さんを家長とする5人家族の”松山家”を語れるのは、千春しかいない。元気に、長生きされてくださいね。
「貴方は貴方の人生を。貴方しか歩くことができない人生を、一歩でも半歩でも前へ進んでいってください」
◆我家
私は2025年7月に、はじめて足寄町を訪れることができた。役場のすぐ近くには、映画のロケセットとして再現された千春の生家。この曲は千春の自伝的な歌であるけども、”我家”は、具体的な家や家族という意味を超えて、自分の拠り所やルーツをも指すようにも聞こえる。誰もがいつか見たことがある、もっとも綺麗な夕陽の光景。
足寄町 道の駅に在る、松山千春の歌碑。千春の筆致をそのまま使っていて。美しく情のある言葉たち。

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【アンコール】
長い夜
今日は終らない
BABY
俺の人生(たび)
大空と大地の中で
【アンコールのアンコール】
雪化粧
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とってもとっても元気!なので、アンコールは「これは第三部です
」と。しかもおしゃべりしながら「次の曲変えるぞ、『俺の人生』いけるか!」ってときには、もう田中さんドラム叩いてらした。ほんとにその場で変更してたら、皆さんの対応力凄すぎませんか。。
手術を乗り越えてリハビリ頑張って復帰された千春。『雪化粧』間奏で、光る目元をタオルで覆ってらっしゃった。汗を拭くかのようにさりげなく(すみません、前方席でもオペラグラス使う民なので・・・)。千葉でもだったけど、マイクの投げ方も変わっていた。手元から離れるのを少し慈しむような離しかただった。
足寄町で観た、私が大好きな、千春のこの言葉と書き文字。松山千春のコンサートは、こういうこと。

今回の東京公演での言葉。
「一回一回、ひとつひとつのコンサートが、俺の人生。俺のすべてだと思っています。一緒に同じ時間を過ごす。それがどんなに大切なことか」
ひとつひとつのコンサートを、今日も明日も重ねて重ねて。2026年は、デビュー50周年。千春の人生(たび)がこれからも永く続きますように。










