最近YouTubeを視聴していると、突然「〇〇ちゃんは、学校から帰っても夕ご飯がないので、恥ずかしいけれど給食を2人分食べます。」という言葉とともに悲しげな顔の少女が登場するCMが流れます。

 それを見るたびに、飽食の国日本で本当にそんな子供が存在するのだろうかと、疑問に思うことがありました。

 ネットで検索してみると、日本だけでなく世界では

 世界中で12億以上の人々が1日わずか1ドルで生活しています。

 20億人以上が1日2ドル未満で生活し、8億5,000万人以上が日々の食べ物にも事欠く毎日を送っています。

と言う記事に行きつきます。

 今の私の周りでは、そんな人を見たことはありません。

 毎日食事ができて、雨露しのげる場所が確保されているのが当たり前、餓死する人など考えられないのが現状です。

 それは私が恵まれているからなのでしょうか、そんな悲惨な生活をしている人をわざと見ないで生きているのでしょうか。

 

 貧困とは、教育、仕事、食料、保健医療、飲料水、住居、エネルギーなど最も基本的な物・サービスを手に入れられない状態のことです。

 極度の、あるいは絶対的な貧困とは、生きていくうえで最低限必要な食料さえ確保できず、尊厳ある社会生活を営むことが困難な状態を指します。

この地球上に暮らす人間が100人だとしたら、そのうち15人は読み書きができないことになります!

 

 低収入や無収入がもたらす最大の影響、それは教育の欠如です。

 貧しい人々は訓練を受けることができません。

 教育や技能取得、職業訓練の機会を奪われた人にとっては、働き口を見つけることも、自ら事業を興す才能を伸ばすことも難しくなります。

 貧困が足かせとなり、子どもも大人も学校に通うことができません。

 近代科学技術の発展はすべての人々に恩恵をもたらしているわけではなく、貧富の差はますます拡大しています。

 例えば、人里離れた地域に住む貧しい人々は、ただ学校があまりにも遠いという理由だけで、学校に通うのが困難なこともあります。

 この地球上に暮らす人間が100人だとしたら、インターネットにアクセスできるのはわずか5人に過ぎないのです。

 

この地球上に暮らす人間が100人だとしたら、そのうちの子ども3人を含む15人が栄養不良です!

 

 無収入であること、あるいは十分な収入がないことは、自分の食糧を確保し生産することが出来ないということを意味します。

 栄養失調は、子どもの勉学への集中力を低下させるばかりか、大人の生産能力にも影響を与えます。

 貧しい人は十分な知識を得られなかったが故に、栄養価の高い食べ物を選ぶことができず、生産性の低い方法で食糧生産をしてしまいます。

 これは健康や地域の収入に直接的な影響を及ぼしています。

 この地球上に暮らす人間が100人だとしたら、そのうちの22人は安全な飲み水を口にできない状況に置かれています。

この地球上に暮らす人間が100人だとしたら、そのうちの17人は快適な住居を持たず、33人は電気を利用できません!

 

 貧困によって、都市や農村を問わず何百万もの人々がホームレス生活を強いられ、劣悪な条件下での生活を余儀なくされています。

 収入不足のために貧しい人々は最低限の快適さを確保することもかなわず、まして電気や電話を利用することもできません。

 居心地の悪い住居では、子どもは落ち着いて勉強することができないうえ、安全が確保されていない結果、命も危険にさらされることになります。

 貧困地区では行政サービスが機能せず、土地の不法占拠が横行することもあります。

この地球上に暮らす人間が100人だとしたら、そのうちの14人は基礎的な保健医療サービスを受ける権利がないことになります!

 

 貧困層を含むすべての国民が全く同等の保健医療サービスを受けられる国は、この世界に一国としてありません。

 途上国ではなおさらです。

 相当数の人々が知識の欠如、つまり教育や情報の欠如ゆえに、医薬品や食料の選択を誤っています。

 職場では、病気や脆弱な健康状態が生産性を低下させ、職を失う原因ともなりかねません。

 学校ではこれが子どもの学力低下につながります。

 十分な情報がなく適切な治療も受けられない結果、貧困国ではエイズが一段と猛威を振るっています。

 この地球上に暮らす人間が100人だとしたら、そのうちの13人は40歳までしか生きることができないのです。

 

この地球上に暮らす人間が100人だとしたら、そのうちの57人がアジア人、21人がヨーロッパ人、6人が北アメリカ人、8人が南アメリカ人、8人がアフリカ人になります。

この地球上に暮らす人間が100人だとしたら、15人の成人は読み書きができず、そのうち10人は女性によって占められています!

 女性は男性以上に多様な貧困の苦しみを味わっていますが、これは女性があらゆる種類の著しい不平等の犠牲者であるためです。

 例えば、女性は教育、保健医療、生産手段、財産、責任ある政治的地位への機会を男性と平等に与えられていません。

 しかしながら、生産や社会生活において女性は重要な役割を担っているのです。

 農業・酪農、繁盛して大忙しの店の経営、地域社会とのつき合い、子どもの養育など、女性は社会にとって重要な存在です。

 女性が貧しければ、社会全体が病んでいきます。

 全世界の平均を見ると、政府閣僚に占める女性の割合はわずか7%、女性議員の割合は12%に過ぎません。

 このような事が現実ならば、その国の政府はなぜそんな状況を看過しているのでしょう。

 日本でも議員の裏金問題で騒いでいる場合ではないのです。

 政治家ならば、日本人がこのような事態にならないように、具体的な施策を講じなければなりません。

 世界を救うにはまず日本からなのではないでしょうか。