樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1674回】
――「支那は上海の大なるものとなるべき運命を荷ひつヽ・・・」――(前田12)
前田利定『支那遊記』(非賣品 大正元年)
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はたせるかな中華民国は、既に建国直後から確固とした中央統一政府を欠いたままに「政治的革命共和政體の樹立」を果たすことなく、
1949年10月1日の中華人民共和国建国によって事実上潰えたことになる。
前田が示す「誰もが申す如」き「支那人の國民性」は、現在にも通じるように思える。
つまり個人主義、傲慢、忘恩・・・「自ら己を高しとする人間」。
これに対し「馬鹿正直に内氣で氣兼ばかりして居る」日本人は「自ら己を高し」としなさ過ぎる。
加えるならば、過剰なまでに自虐的に反省を繰り返す。困ったことだ。
前田は中国を南北に分け、「人口の豐富財力の豐富」からいって北方は南方に「到底及ぶべき處に無之」とした。
南方は「北方と斷然手を切り自立する」ことは可能だが、「北方は南方の富源を捨て南方と分離しては其存在困難なるべくと存候」とした。
だから袁世凱としても南方の要人を閣内に取り込まざるをえなかった、ということだろう。
前田は「支那に對する我外交」にも言及する。
「支那は面積廣大にて人口も亦多大」。
つまり「大國の素材具備致候」。
だから「一度覺醒に機來らんには一躍強國たるべしと考へ」るようだが、それは大きな間違いで、「過去の迷信に過ぎ」ない。
だが西洋諸国は迷信を信じたまま、孫文ら南方の「革命派の成功を夢みしものあり」。
それとは反対に、北方派の「袁世凱の力よく一統の業を全うし得べきを思ひしものあり」。
これに対し日本は「當時南方にも北方にも双方に多大の同情を表し」、「一方に偏せず」、局面の終結を急がず優柔としてとして今日に至」った。
結果として「昨秋(辛亥革命勃発から清国崩壊・中華民国建国を経て)以来の我外交は當を得たるものとして讚稱」に値する。
だが、それが「偶然の結果」だとするなら「僥倖と可申候」と皮肉った。どうやら前田によれば、「昨秋以来の」「支那に對する我外交」の成功は意図したものではなく、俗にいう“棚ボタ”ということになるらしい。
明治4(1971)年に結んだ日清修好条規以来の「支那に對する我外交」を振り返った時、成否を問わず、その全てが「偶然の結果」であろうはずがない。
入念な準備の末の成功例もあれば、成功を約束されながらの失敗例もあったはずだ。
その時々で政府はどのように備え、外交当局や軍はどのように動き、国内与論はどのように展開され、関係諸国はどのように応じたのか。
その一々に対する検証作業は、「支那に對する我外交」の軌跡を学ぶためのみならず将来に生かすためにも是非とも必要であろう。
だが、そのためには幕末以来の日中関係を透徹する史眼を涵養する一方で、膨大な一次史料を読み解く気の遠くなるように地道な作業が大前提となろう。
やはり個人的な力仕事では如何ともし難い難事業であることに違いはいない。後日の英才を俟つしかなさそうだ。
佐佐木信綱に師事した歌人でもある前田は「北京より南口に赴く汽車中」で、「何事も知ろしめされぬ幼(いとげ)なき/君がみ手より國ははなれぬ」と、「古へは大き聖の生れし國/ますらをひとり唯ひとりなき」の2首を詠んだ。
清朝最期の宣統帝溥儀は廃され、官民は「共和の政に心醉致し候」ではある。
やっと革命が成功し中華民国が建国されたばかりだが、「已に官人相爭ひ名士互に相下ら」ないばかりか、「國の主權の所在たる大總統の威嚴は下民人の敬仰の中心點」となってはいない。
このままでは「國民は國家と相離れて収拾すべからざる状態に移り變ること」もありうる。
伝統というものを弁えず、たんに「滿朝を仆し君主制度其者のさへ破壞し候はゞ必ず憲政の美を致すべくと過信」した短慮を、「吾等日東聖天子の民」たる前田は諫めた。
《QED》
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