酒井信彦  羊頭狗肉のシナの政治道徳 | 護国夢想日記

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 日々夢みたいな日記を書きます。残念なのは大日本帝国が滅亡した後、後裔である日本国が未だに2等国に甘んじていることでそれを恥じない面々がメデアを賑わしていることです。日本人のDNAがない人達によって権力が握られていることが悔しいことです。

酒井信彦  羊頭狗肉のシナの政治道徳


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 昨年の尖閣紛争に起因する虐日国家テロの勃発以来、朝日新聞は中共擁護の論調を展開し、中共の一方的な見解もしばしば紹介して、盛んに胡麻を擦ってきた。その中でも決定版と言うべき記事が、昨年の十二月十二日に掲載された。


それはオピニオン欄に載った、閻学通という人物に編集委員・加藤洋一が行ったインタビューで、題して「中国・強硬派の世界観」とある。


閻は清華大学当代国際関係研究院院長で、加藤によると対外「強硬派の代表格」であり、「自称『リアリスト』。国際会議やテレビにしばしば登場し、米国や日本を痛烈に批判する。米主要紙への寄稿も盛ん」であるという。
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このインタビューの核心は、加藤が「取材を終えて」の中で次にように説明している個所である。「特に印象深かったのは『価値』の創造でも欧米に挑戦する姿勢を見せたことだ。


儒教思想を基に、米国がいわば『専売特許』とする民主主義、人権などを凌駕する、アジア的価値観を作る自信を見せた。」経済や軍事だけでなく、思想・道徳のレベルでも欧米に優越しようと言う訳である。


その部分の具体的応答は、加藤が「米中間の価値をめぐる戦いも論じていますね」と問い、閻は「中国は、欧米の言う『民主主義』『自由』『平等』よりはるかに高いレベルの政治道徳を持っている。


中国古代思想に言う『公平』は『平等』に勝り、『正義』は『民主主義』より高い。(上品、丁寧なという意味の中国語の)『文明』は『自由』を凌駕する」と答えている。まさに満々たる自信の披瀝である。
 


そこでさすがに加藤もこう質問する。「しかし、中国国内でそうした価値は実行されていないのでは」。それに対して「確かにその点はよく指摘される。


まず国内で実行しなければならないのだが、今は国民の関心が経済に集中し、儒教的な価値の実行には興味を感じないのだから難しい」と閻は答えざるをえない。


すなわち、この実行していないところが、彼らの最大の弱点である。しかも「今は経済に集中しているから、儒教的価値の実行は難しい」と言い訳しているのであるが、これは「今は」ではなく「シナの歴史を通じて常に」と言うのが、完璧に正しい。
 


すなわち、シナの政治道徳なるものは、立派なことは言われるのであるが、それは常に「絵に描いた餅」であったのだ。シナは歴史だけは長いから、いろいろな諺があるが、その中に「羊頭を掲げて狗肉を売る」と言うのがある。羊の頭を看板にして、実際は犬の肉を売っていることを表現している。


シナの政治思想と実際の政治とは、まさにこの羊頭狗肉の関係にあり、それが変わることなく何千年も続いてきたのである。
 


加藤編集委員は、この重要なポイントに気が付きながら、結局は閻に丸め込まれてしまっている。「取材を終えての」のところでは、「中国の古代思想を現代中国のパワーに結びつけようと模索するなど知的な懐は深い」「中国の大国意識の底の深さを感じさせた」と感心し、「いずれにしろよほど深く考え抜かないと、中国の大国意識に伍するのは難しいかもしれない」と結んでいる。


しかし閻が振り回す理屈など、実に他愛ないものである。「公平」が「平等」に勝る理由として、「たとえばバスに乗る時、早い者勝ちが『平等』、妊婦やお年寄りに席を譲るのが『公平』だ」と説明している。
 


シナ人が道徳的にも優越するという誇大妄想の考え方は、決して閻個人のものではない。冒頭近くの閻の発言に、「中国の政治目標は、かつての歴史の中で占めていた国際的な地位の回復だからだ。政府が打ち出した『中華民族の復興』だ」とあることから明らかなように、これは中共の国家戦略そのものである。
 


シナ人が此処まで傲慢になってしまったのはなぜなのか。それにはシナ人の基本的性格があり、経済成長・軍事成長の背景もあるが、直接的な原因は欧米諸国の堕落にある。


自由・平等・民主主義などの価値は、世界史を貫く普遍的な価値である。したがってアメリカの専売特許でもなんでもないが、最大の問題は、欧米諸国がこれらの普遍的な価値の実現において、凄まじいダブル・スタンダード状態に陥っていることである。


アラブ諸国の人権・民主化に熱心でも、中共の人権・民主化には、まるで熱意がない。まして侵略行為には何にも言わない。それがシナ人を限りなく付け上がらせているのである。シナ人との道徳の戦いを、欧米諸国がやらなくても、日本人はやらなければならない。日本の場合、それが出来ないことは、亡国の運命に直結するからである。


月刊日本 羅針盤.『月刊日本』2013年2月号 羅針盤 より


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