せっちゃんは、東京中野に住んでました。
回りの町が空襲で焼け近所のおばあちゃんも焼け死んでしまったのをきっかけに疎開することになったのでした。
疎開する場所は、おかあさんの実家の茨城でした。
お父さんが、空襲の合間をぬって自転車で何時間もかかって連れて行ってくれました。
茨城は、食料もありましたが、長い時間自転車に揺られておなかペコペコだったせっちゃん、夕飯で思わずおかわりを
そしたら陰に呼ばれておばあちゃんに恐い顔で「おかわりは、なしじゃ❗」と怒らたそうです。
前途多難! せっちゃんは耐えていけるのでしょうか?