元健康屋が人の健康と夢を応援するブログ ※内容は個人の見解によるものです -40ページ目

元健康屋が人の健康と夢を応援するブログ ※内容は個人の見解によるものです

『体や心の悩みでお医者様も知らない健康屋だったからこそ知っている健康情報』 と 『夢はあるけど人生あきらめてサラリーマンから抜け出せない方へ卒サラへの近道』 を応援するブログ

いつもお世話になっております。

SANTAです。

前回は中学生の頃の話でした。

つくづくついてない奴だと思われた方もいるかもしれません
が、菌やウィルスの様に移ることはないのでご安心を 笑

次は高校か?と思われる方もいるかと思いますが、高校時代
はあまり導かれる感じはなく。
天命から横道にそれた感じの期間でした。

なので今日は大学の頃のお話です。

私が大学3年の時に母が癌になりました。

家族が病気になるなんてことは今の時代よくある事で、経験
している方も多いかと思いますが、

まさか我が家から癌になる人間が出るとは思いもしなかった
ですし、何よりまさか母がって所が一番驚いたところでした

母はもともと7人兄妹の末っ子で、小学校の頃から父(私から
見たら祖父)は脳梗塞で半身不随、母の母(祖母)の一人の力
で7人の子供を育てたそうです。

しかし、祖母一人で子供の世話などできるわけもなく
母の幼い頃の親らしいことはすべて義理の姉(長男のお嫁さ
ん)が母親代わりでやってくれていたそうです。

未だに親の様に思っていると言ってましたし、ものすごく感
謝をしています。

しかし、実際そのような実の母に甘える様なことができない
人生だったためか、我慢強く育ったようでした。

その結果、自分の知る母は弱音を吐くこともなく男よりも強
くて粋な人間なイメージでした。

(余談ですが、腕相撲は中二の時でも勝てなかったですし、
走るのは高2になるまで勝てなかったです 笑)

中学の頃に火事になったことで、家を建て直した分のローン
もあるため両親共働きだったのですが、

後にも先にも病気で倒れている姿はあの時が人生で初めてで
した。

本人曰く、生理の様な出血らしいのですが、絶え間なく出血
が続き、慢性的な貧血状態でした。

仕事の時は気合いで動いていたのですが、家では一日中リビ
ングで寝ていて、私としては怠けてるなぁと思っていたので
すが、

本人はシャワーを浴びるにもシャワーヘッドが持ち上げられ
ないほどだったそうです。

実際病院で早期発見、早期手術ができたので
お医者様のお力によって命を救っていただくことができ、

今も尚、元気に健康に働く事が出来ているわけですが、

この出来事が【お医者さんにはなれなかったけど、人の健康
に携わる仕事に就きたい】と考えるいうきっかけになったの
でした。

 

第四章・・・殺されても死なない?