「締め切りあってますか?」

と、メッセージが来た。

 

その一文を見た瞬間、
なぜか心臓がドクドクし始める。

 

え、何か間違えた?

 

いやいや、さっき確認したはず。
でも、してないかもしれない。

 

こういうときの“かもしれない”は
だいたい信用ならない。

 

 

少し前にも似たようなことがあった気がする。

 

誰かの一言で、
急に自分が全部間違っている気がしてくる、あの感じ。

 

そして勝手に焦って、
勝手に自分を責めて、
勝手に疲れる。

 

ずいぶん忙しい。

 

 

今日も例に漏れず、
そのコースに乗りかけたのだけど

 

ふと、思った。

 

これ、本当に責められているのだろうか。

 

 

改めて見てみると、

 

ただ
「締め切りが合っているかどうか」を
確認されているだけだった。

 

 

それなのに私は、

 

「責められている」
「またやってしまった」
「ちゃんとしなきゃいけなかったのに」

 

と、ひとりでストーリーを作っていた。

 

 

なるほど、と思う。

 

これまで私は、
確認という行為に、
ずいぶんと意味を持たせていたらしい。

 

 

“確認される=疑われている”

 

そんなふうに。

 

 

でも、もしかすると

 

確認は、ただの確認なのかもしれない。

 

 

そう思ったら、
さっきまでのドクドクが、
少しだけ静かになった。

 

 

世界は思っているより、
もう少しあっさりしているのかもしれない。

 

 

少なくとも

 

「締め切りあってますか?」

は、

 

それ以上でも、それ以下でもない一言だった。

 

 

次に同じような場面が来たら、

 

少しだけ間をおいて

 

「これは、ただの確認かもしれない」

と、思い出してみようと思う。

 

 

それだけで、
一日が少し軽くなる気がする。