本当に仕事が忙しい年であっという間にすぎました。


はじめてやることばかりで、やれやれと思ったり

前向きにやるっきゃないなとおもったり


それが今年も続くのかな。

2025年はやってきてしまいます。


今年もはじめてのお使いと同じくらいの気持ちで、とりかからないといけないこと、多そうです。


あと、愛について、家族についても考えた年になった。

祖父母がなくなって、優しくしてくれる人が本当に居なくなってしまったんだと思ったり

親が親でなくて、子供のように見えてしまって、自分がもっとしっかりしなくてはと思ったり

源氏物語から、いままで続くこと、

エジプトの文化が解明されていく度に続く現代に、

気候変動


本当に生きていくことが大変と自分のうまれた意味も考えたり


仕事をしてないときはこんなことばかり考えていました。


だから、仕事ばっかりしていたような気がします。


時にオアシスもあって、それは救いでした。


こんなことを考えて、見つかった答えは


無。


これなんですよね、宇宙もいづれなくなるのかな。


そしてその続きは2025年に続く。


こんなことを考えないように仕事が引き続きある。


ネバル年だ。


さよなら2024年!

お掃除は得意ではないが、ほんと、人生のしまいかたを考えてしまう。


もし、70まで生きたとしても20年ほど


死んでしまったらどうなるの?


それは無であるのだろう。


私はエンターテイメントの世界で活躍するのがゆめだった!


きっと17歳頃、なにか、選択を間違ってしまったと自覚が(笑)ある。


私の人生はつまらぬなーと思った時期もあったが、

つまらないとは実に幸せであったことに、最近、思うのだ。遅すぎる気づきにあきれるところではあるのだが、そういうものなのかもしれない。


あまりに当たり前にあることは実に幸せ


とても素敵なことだ。


最近、カラオケに久しぶりに集中している。


音楽活動を、AIに負けぬように、やってみようと再び音楽と向き合う。


音楽とは実に優しく、慰めるときもあるが、とても厳しく、自分に教えてくれるときもあり


私の恋人なのだ!







秋は物思いにふける

古くから、和歌集にもかいてあるそうで

そういう気分になるそうだ。


考えてもしかたないも思うのだが

なぜ生まれてきて、なぜ生きているのか?

という質問に行きつく。


真面目か!


と突っ込んだり



不良になろう!


と思ったり


そして結果、でることもない。


こういうときは音楽に救ってもらうのがよいのだ。


今日はキースジャネットのケルンコンサートを聞こう

たのしいこととつらいことが繰り返されている

まるで、よせてはかえる、波のようだ。


私がまだ若いとき、いつも、反論ばかりしていて、

みんなに賛成できるような子どもではなく、

よくいう、あまのじゃくのような子でした。


私は孤独がわからないこで、一人でいても苦ではない。


むしろ、せいせいするときもあるから

団体のなかに居すぎると息苦しくなる。


こんなこと、普通に生きてる人はおもわないのだろうかとおもうほどである。


いまはとても、父、の気持ちってこんなではなかったのかと、強くおもうのでした。


すべてが、嫌だ!となる瞬間なのかもしれない。


でも、明日は眩しいほどの一日が普通にはじまるのだ。



今年は冷蔵庫が壊れました。

1995年から長らく30年も壊れなく、電気代は高いと言われ続けて、でも、壊れなかったから

壊れるまで使った。


パパが亡くなった時に買ったものだからなかなかかえられなかったということもある。


あと95年製品は壊れない!


良くできているとおもう。


ママのことを思うとそう、冷蔵庫もかえられないから同じような冷蔵庫になった。


時のながれを感じずにいられなかった。


いまはアイスがとけないし、氷もできる。


それに感動するのである。


それも時の流れです!