前回の記事がニュースに取り上げられ、アクセス数がすごいことになって、ビックリしています。



(写真が10年以上前ので、恥ずかしすぎるえーん笑)

それだけショッキングな話題ですよね💦



心配のお声をたくさんいただきましたが、今は傷も全く痛くなくて元気なので、私は大丈夫です。


今回は、がんが発覚するまでの流れを書いてみます。

長いので、3回に分けますひらめき電球


2019年2月
人間ドック受診

今年の2月に、初めての人間ドックを受診しました。

大学卒業後に会社員として働いていた頃は年に1回健康診断を受けていましたが、フリーランスになってからは、区から送られてくる婦人科系のがん検診などを受けるのみで、健康診断には行っていませんでした。

子どもたちとよく動いていて適度な運動もしているし、食事も野菜をたくさん食べたりと気をつけている方だと思っていたので、ひっかかるはずないだろうと自信満々に受診。

腹部エコーの際、結構時間がかかる。腹部エコーって初めてやったけど、こんなに時間がかかるもの?と呑気にウトウト寝そうになっていました。

その後、違う項目の検査を進めていたところ「再度別の医師が腹部を確認させていただいてよろしいですか?」と呼ばれて、再度腹部エコー。

やっとここに来て、嫌な予感ガーン


「腎臓のここに腫瘍らしきものがあるんですよ。」と見せられた画面。明らかに腎臓の3分の1くらい?が白くなっていました。

その時はまさか癌だとは思わなかったので「あ、そうですか〜」と軽く受け止め、近くの総合病院の紹介状を書いてもらい、その日は帰宅。


2019年2月下旬
紹介状を持って近くの総合病院に行ってきました。

泌尿器科の先生に挨拶をして、採血をして、CT検査の予約をしてその日は帰宅。

この前人間ドックでも採血したばっかりなのに、また採血〜💉と注射嫌いな私は若干気が重くなりました💦



2019年3月(造影剤MRI検査)
造影剤を腕の点滴から入れてCTを撮りました。

とにかく注射が嫌いな私。
点滴がこわかったのですが、それ以上に初めての造影剤にドキドキ!

「お薬入れますよ〜」と言われた直後、下半身がぞわ〜と、熱くなる感じ。

副作用が出る方もいらっしゃるそうですが、気持ち悪くなったりはしなかったので、大丈夫でした👌

それより点滴を刺したり抜いたりする方が怖くて、平静を装いながらも内心ビクビクしていました。



2019年3月(結果説明&造影剤MRI)
翌週、CT検査の結果を聞きに病院へ。

CT検査では判断しかねるということで、今度はMRI検査をすることに!

同じ週に、造影剤を点滴して(前回は肘の裏だったけど今回は手の甲に刺したので地味に痛かったショボーン)MRIを撮りました。


人生初のCT検査とMRI検査。

こんな短期間にどんどん検査が進んでいって、私の体はどうなってるの?


ぶー自覚症状ないし元気だし、悪性腫瘍のはずはない!

アセアセネットで調べたら、腎臓の腫瘍は8割が悪性って書いてあるし、もしかして?

ほっこりでも、まだ31歳だし大丈夫でしょ!

アセアセもしかして、死ぬのかな?

と頭の中をプラスの感情とマイナスの感情がぐるぐる行き交って、穏やかな気持ちになれない状態でした。

でも、どこかで「自分は大丈夫」とプラスの気持ちの方が大きかったかな?


翌週、MRI検査の結果を聞きに行きました。

結果は「恐らく良性でしょう」とのこと。

「まだ若いし、良性の可能性が高いけれど、大きさもまぁまぁあるし、このまま何もフォローしないわけにはいかない状態です。

経過を観察したいので、また3ヶ月後にきてください。」と言われました。



なんだ!やっぱり良性か!よかったー!と安心して、3ヶ月腫瘍のことは忘れて過ごしていました。

次の3ヶ月後の検査で何もなければ、もう安心だなと気持ち的にひと段落しました。



2019年6月(造影剤CT検査&大学病院紹介状)
3ヶ月後、同じ近所の総合病院で造影剤CT検査をしました。

造影剤も3回目ともなればだいぶ慣れてきて、やっぱり点滴は嫌だけど、下半身のぞわ〜と熱くなる感じも心構えをして臨めました!

そして、結果説明の日。

お医者さんに予想もしないことを言われました。


「実は泌尿器科の医師と放射線科の医師で、見解が分かれているんですよ。
○○大学病院では、科をこえて医師同士が話し合って結果を出すカンファレンスというものがあるので、カンファレンスにかけてもらうことをオススメします。

紹介状を書くので、行ってみてください。」


えー?!良性じゃないの?!と驚きつつ、慎重に考えて大学病院を勧めてくださったんだなと感謝しつつ、翌週すぐに紹介状とCT画像とMRI画像が入ったデータを持って大学病院に行きました。

「自分は大丈夫」という根拠のない自信は、この時点でだいぶ薄れていました。




つづく