中国レポート -9ページ目

がさつ座の女

 人に言われるまでもなく、私はがさつだ。魚の骨の取り方も甘いし、生乾きの服を「着干し」する。ジャムのふたをしっかり閉めず、おかんには100回以上怒られた。

 身近な人が左利きだったことを10年近く気づかない。


 昨年末、大連で友人と食事しているときに、この「左利き」の話が契機となり、

「いやー、ほんとに君がさつだよね」と連呼された。

 ええ、あなたに言われるまでもなくがさつですよ。あなたの嫁と比べれば、ダイヤルアップと光回線の差がありますよ。でも、私、あなたの嫁でも彼女でも娘でも部下でもないでしょ。


 がさつだっていいじゃない。

 あなたに迷惑かけてないじゃない。とつい声が大きくなったその時、


 私のつばがあっちのテーブル側に飛んだ。


 がさつのがさつによるがさつのためのパフォーマンスそのものだ。


 あ、やばいと思うより先に、友人の

「わ、ほんとがさつだよな」という声が早かった。そして彼はその辺にあった紙ナプキンでテーブルを拭き拭きする。


 何か言い返したい。このままじゃ終われない。

「い、いいじゃないですか。キスするときの唾液は汚いと思わないんでしょ。じゃあ、間接的にとんだつばはもっと汚くないですよ」


 何ていう論理だと我ながら思ったが、友人は手を止めて

「たしかに」と納得した。


 まじかー。

 お店を出たときも、

「さなぢさんってさ、がさつだけど、1日に1回は名言言うよね」と改めて感心してた。


 まじかー。


 今、「がさつ」で検索したら、「男性に引かれてしまうがさつ女子 」なるサイトがヒットしたが、私はここまでひどくないぞ。でも笑い方には気を付けよう。



 

この胸を盛るのは私

 私が男女で最も不公平だなあと思うのは、「性のシンボル」的パーツの大小が、女性の場合、外からすぐわかることです。すぐわかるから「寄せてあげるブラ」とか、「オイルパッドブラ」とか「2カップアップブラ」とかあるんですよ。男性の下着に「2サイズアップトランクス」とかないでしょ。


 おととい、日本人女性ばかり4人で食事をしていたとき、私並みに痩せている人がいたので、この話題になりました。

 みなさん、胸のない女性は、見てすぐ分かると思っているでしょうが、それだけじゃないんです。「ブラと本物の胸」の間に、さらに断層が存在するのです。

 世間の方々が、「胸がないなあ」と思っているその胸さえも、パッドで盛られているのです。

 私が愛用しているブラトップ。膨らみの中身は空気です。


 ここで私はある悩みを口にします。会社員時代、40歳になったら受けろと言われた人間ドッグ。そして乳がん検診。やらなきゃと思うのですが、この胸の薄さで「マンモグラフィー」ができるのか。

 ※マンモは、板で胸を挟んで、細胞のがんをチェックします。


 実はそれが不安で、この年まで現実から目をそらしてきました。しかし、同じ体型のその女性が

「できます」と力強い一言。過去に数回やったそうです。


「あの検査の方たちはプロなんです。私はいつも『挟む場所なくてすみません』と謝るんですが、『大丈夫ですよ~』と笑顔で、両手を駆使して何とかしてくれます。ちょー痛いですけど


 是非チャレンジしてください! と力づけられ、「分かった、帰国したらやってみるよ」と握手して別れました。

 でもね、ほんと、私たちは思うのです。こんなに小さいのに、何か病気が見つかったら、それこそ何のための胸だろうと。

 そんなことをつぶやいたら、出産を経験していない友人から「とりあえず授乳したから、使ってるじゃないですか」と言われ、あ、確かにと思いました。


 くだらないのか大事なんか分からない会話で、今年も暮れていくのでした。来年もよろしくお付き合いくだし。



 


脱サラしました(このタイトルはコメントにSPAMがたくさんつきそうだな)

 私は昨年7月から翻訳の仕事を始めたのですが、その時は「業務委託」という名前は知ってても、具体的な仕組みを分かっておらず、給料を3カ月くらいもらえませんでした。
 支給日になれば勝手に振り込まれると思ってたんですね。こちらから請求書を出さないといけないんですよ。知ってますか、サラリーマンのみなさん。


 私はその時点で、「フリーランス」の第一歩を歩き始めていたわけですが、そんな自覚もまるでなく、今年の初夏ごろ、「このままじゃ所得税とか発生するじゃん」と気づいたのです。

 私は住民票を日本に置いています。実際、年の3、4カ月は日本にいるし、病気になったときのことを考えると健康保険があった方がいいし、息子の学校のこともあります。つまり日本円で稼ぐと、所得税、住民税、健康保険料その他もろもろ関わってきます。
 さらに今夏、長期帰国時に落ち着いて仕事をする場がほしいと、ワンルームを借りようとしたときに、自分の現状を説明していたら「それは自営業ですね」と言われ、改めて調べなおしたのです。


 結局8月に開業届を出したのですが、考えてみれば今年に入って仕事に関して出費したあれこれあれこれ、すべてレシート捨ててます。自分が勉強会や懇親会の事務方やってるとき、参加者のために領収書の手配などしていたのに、彼らがなぜ領収書を必要としているかは考えたこともありませんでした。


 「脱サラ」と言う言葉がありますが、自分は意図せずやってたんですね。今年に入って、仕事の契約書に3回サインしましたが、そういえば前の会社に正社員で入るときって、そんな契約書って書いたっけ。まったく思い出せません。たぶん書いてないような気がします(せいぜい内定同意書とかでしょう)。


 今日の新聞で、「業務委託契約」と「雇用契約」の違いについて触れたコラムがありました。プロスポーツ選手は前者だそうです。金銭と引き換えに、プレーを提供する。その質が基準に達しなければ減額もしくは契約打ち切りとなる。
 プロ野球選手の契約更改のニュース、毎年見てるのに、「この人の契約形態は」なんて考えたこともありませんでした。

 今は、人と話すとき、相手がフリーランスだと、割と意識して相談したりもします。フリーランスって、「撮る」とか「書く」というイメージが強いですが、ほんといろいろいるんですよね。
 会社の幹部だった経験を生かして、社外取締役やコンサルなどをやってる人。
 プロスポーツの関係者。
 何かの先生。

などなど。


 私に業務を委託する側ってのは、業務委託に慣れているので、ちゃちゃっと指示してくるのですが、こちらはサラリーマン時代にやっていないことは何も知らないので、最初に書いたように請求書出してなかったり、それこそ請求書を送付するときのタイトルや文面に迷ったり、あちらが丁寧な言葉遣いだと戸惑ったり(取引先じゃなくて、上司、みたいな感覚が残っています)、環境変化に戸惑ってばかりの1年でした。
 いつの間にか名刺も3枚に増えて、初対面の相手にどれを出すのが適切なのか、はたまた3枚出した方がいいのか、「そこはケースバイケースだろう」って言われるのかもしれませんが、そういう小さなことでも迷います。


 開業届を出した際に、FBに寄せられたみなさんのコメント欄を見ても、「自営業」の解釈にこんなに開きがあるのかーと思いました。
 安定した大きな組織で長期間働いている人ほど、「自営業」の定義が狭いんですね。かつての私のように。でも、お店を構えなくても、人を雇わなくても、収入が100万円なくても、会社に雇われてなければ自営業なんですよ。


 会社員時代には、「脱サラ」「起業」などと言う言葉は、自分には関係ないような遠い言葉でしたが、それは社会の「権威」が、人の働き方を「正規」「非正規」の二種類しかないかのような捉え方をしているからかもしれませんね。実際に、「正規」「非正規」しかないのですが、そこで論議が止まってしまうのは、いかにも一方からの一面すぎる見方だと感じます。 

腰かけ気分も楽じゃない

 腰かけ気分で始めた日本語教師の仕事だが、前職に匹敵する充実感を得られるし、最近は同業者さんとの情報交換にもいそしんでいる。


 日本で働く場合に比べ、確実に劣るのが「住」の部分。当然バスタブはないし、浴室は狭い。うちはキッチンのシンクの前に洗濯機が鎮座するなど、レイアウトに無理がある。今日会った人の住居は壁が薄すぎて、隣人(日本人)の会話が丸聞こえ。会話くらいならいいけど、上の階のカップルの●●も丸聞こえ。上下左右の人たちの起床と就寝時間はだいたい把握できると。うひゃー。

 私の勤務先でも、母国からこっちに来て日が浅い外国人教師の不満は、「住」に集中する。


 そして給料。これら情報も赤裸々に交換する。

 こっち来て分かったけど、日本人が給料について話題にせず、ほかの国が隠さないってのは、「人材流動性」と大きく関係している。私たちの仕事は一年契約で、自分の能力というよりも「どの学校で働くか」で待遇が大きく変わるため、よりよい条件を求めて、お互い開示するわけだ。


 今日会った同業者さんが言う。

「私の実家、田舎なもんで大卒初任給の手取りが○○くらいなんですよ。今の為替レートだと、中国で働くのとほとんど差がなくなってきてんですよね」

 私もうなずく。

「実はね、うちの大学、私が働き始めたときは全然待遇良くなかったんだけど、この2年半で月給が75%上昇したんですよ。円安が進んでいるから、円換算すると当初の3倍近くに跳ね上がってる」


 それでも、日本の水準からすればまだ低い。まだ低い、と言いながら考える。


「10年前の給料は、今私たちがもらっている額の3分の1以下だったらしいですからね。10年後は3倍と言わなくても、2倍になってる可能性はかなりありますよね」


 もし10年後、2倍になったら、この職を得るのは今よりだいぶ難しくなるだろう。

 外国で働くということは、本当に相場師みたいな感じです。

 本当は、日本企業だって「先が見える」とは言えないんだけど、外国組織で働いていると、常に母国からの「帰国引力」を受けているわけで、私たちはあらゆることを勘案し、残るかどうかを決めないといけない。


 1年契約はやっぱり不安定だから、いっそ10年契約にしてもらおうか(終身雇用は躊躇する)と思った後に、でも私10年後50歳だよな…そこから社会に放り出されて次の仕事見つかるのか。と心配になる。


 私たちの契約は7月頭に満了となるが、6月初めには次年度の意向を打診されるので(もちろん向こうからお断りされることもある)、1月2月は本当にいろいろ悩むのだ。




 

 

エリート工場

 世界一過酷と言われる中国の大学入試だが、大きく

①全大学が統一試験という試験で一発勝負。試験後に自己採点し、志望を出す。

②統一試験と言いながら、省によって問題が違い、大学ごとの「省別受け入れ人数」も違うため、北京・上海と辺境地区の学生が有利


という二つの特徴がある。


 一番割を食っているのは河北省で、河北省の学生は、「ほかの地域に生まれていたら」一ランク上の大学に行けるという。


 今週末、「一番後悔していること」というテーマで、学生に話してもらったら、2年生の学年2位の女の子が

「もちろん大学入試です。これは一生後悔し続けると思う」と口を開いた。


 彼女の出身高校は通称「エリート工場」として、全国でも有名という。私はこのことを、本人の口からでなく、色々な人から聞いた。

 「高校」じゃなくて「工場」。


 自分の顔を気にしないように、学校に鏡がない、とか

 体育の時間は走りながら教科書を読む、とか

 伝説のような話がいっぱいある。


 入学時点で全ての学生が、北京、清華大学を志望し、実際に大半が進学するというが、この女の子はプレッシャーが強すぎて、本番でまったく力を出せなかったという。


 当時の猛勉強ぶりを形容するのに

「私は高校時代、月に1回しかシャワーを浴びなかった」と説明した。


「え?」

私が思わず聞き返すと

「本当ですよ。私は月に1回しかシャワーを浴びなかったんです」と繰り返した。


 日本だと人権問題になりますね、きっと…

  

言葉のたるみは心のたるみ

 昨日は外国人教師の座談会…と言っても、喋るのは主に大学側の人々。国際交流を管轄する部門のトップが中国語で色々話し、英語、韓国語、日本語に通訳される。そのトップが突然、「子どもは元気?」と私に振ってきたので、「実は帰国したんですよ。日本語がやばいから」などと説明し、

中国語で「最近は寝言も中国語で」と言った。その直後、ある中国人が左隣の日本語学科の中国人幹部に

「彼女今、何て言ったの」と問いかけ、聞かれた人が私の発言をより正確な中国語で言い直してくれた。


ああ、やっぱり私の中国語能力、低下著しい。

大学に勤め始めてからというもの、ほとんどのことが日本語で足りるようになった。

そして息子が帰国してから、息子を通じた付き合いもなくなり、私が発する中国語は非常に限定的なものになっている。


夜はアメリカ人の家に行った。

向こうが仕事について相談したいということなので、1対1で1時間半ほど話した。

自分の大学名の綴りを説明したとき

私  「ゼット」

相手「ジーか?」

私 「ゼット(Zと書いてみせる)」

相手「ああー、ジーだね」

 そう言われても、私は「G」と「Z」の区別できません。きっと「Z」を「ゼット」と読み始めた人は、同じように「G」と区別できんで、窮余の策だったんだろう。

日本にも数年間住んだことのある彼は、「日本人でそれだけできれば立派」というが、こちらとしては、問いかけには反応できるものの、あっちが自分語りを始めたら集中力が切れて飛び飛びになる感じ。

そもそも彼は英語教育を生業としており、外国人の不完全な英語に慣れている。


自分の停滞ぶりを認識した1日だった。年の最後にガツンとやられた感じ。


その日本語、何か変

 数日前、教え子が地元の日本語フリーペーパーの取材を受けた(大連のみなさん、whenneverの1月号に載るみたいです)。記者さんは知り合いなので、私も同席した。


 ご飯食べながら取材を終え、雑談をしているときに、教え子が満面の笑みで言った。

「私、ぽっちゃりなんです」

 30そこそこ、男性の記者さんは、返事に困っている。教え子は彼の戸惑いに気づくことなく続けた。

「日本のバラエティ番組でこの言葉覚えました。デブは悪い意味ですけど、ぽっちゃりは太った人を良くいう言葉です」


 モンちゃんは「ぽっちゃり」を覚えた。モンちゃんは「ぽっちゃり」を覚えた。モンちゃんは「ぽっちゃり」を覚えた。


 ドラクエ世代の私の脳内で、魔法使いや勇者がレベルアップしたときの音楽とともに、「●●を覚えた」というフレーズがダンスする。


 記者さんが、「そ、そうかな。ぽっちゃりかな」と曖昧に返すので、

「ええ、誰が見てもぽっちゃりですね」と私も同意してあげた。


 お店を出て歩きながら、記者さんと

「さっきのぽっちゃり、聞いてておかしかったのは何ででしょう」と考えた。


 そっか! たぶん、ぽっちゃりというのは、自分を形容するときに使う語彙じゃないんだ。

 考えてみると、自分を形容するときに使うと変な日本語はたくさんある。


「私はスレンダーです」

「私は親切です」

「私は個性的です」

「私はおとなしいです」


 ↑これらは中国人に自己紹介してもらうと、よく出てくるフレーズ。聞いてていつも違和感を持つが、自分に対して使うと変だよ、という明確な理由を説明できない。

 謙遜文化だから、自分をほめる言葉はだめ、と説明しようとしたが、同じほめ言葉でも「私は何にでも積極的です」「私は何でも粘り強く対応します」だったらそう変に感じない。


 なんだろう。

 モンちゃんは何と言えば良かったんだろう。まあ、モンちゃんがぽっちゃりであることは、一目瞭然なので、目の前の人に向かってわざわざ言う必要ないってことか…。 


お寒い大連

 大連は最高気温が0℃を下回る日が続いています。昨日は、この底冷えぶりを知らない日本人の知人が薄着で出張に来て、風邪をひきそうになっていたので、カバンに入っていた私のピンクの手袋をあげました。相手(男性)も、色とかどーのこーの言ってられない感じで、受け取ってくれました。


 先日知り合った大連在住の日本人が、「自分の妻(中国人)の日本語を何とかしてくれないかなあ。俺から吸収してるもんだから、男みたいな口調なんだよ」と言うので、先日、その奥さんとランチを食べてきました。

 私の留学先付近に住んでいるのです。


 ん、全然ちゃんとした日本語じゃん。学部、大学院ともに日本語専攻だったという彼女と会話しながら、私は旦那さんの心配は心配でしかないと感じました。基礎があって、身近な日本人から応用も学んでいるので、とても自然です。


 おいしくランチを食べてお会計を済ませて、店を出たら彼女は言いました。

「さなぢさん、今日はくそ寒いから、車で送っていきます


 あ、そう来たか…。たしかにこれは、旦那さんの影響だなあ。

 大連の冬はくそ寒いけど、この瞬間だけはほっこりしました。

完・コミュニケーション能力の正体

 異文化→接点の少ない人ときて、最後に残るは身近な相手、例えば同僚や同級生、近所の人とのコミュニケーション能力。

 何を隠そう私はこの範囲が一番苦手です。


 毎日同じ相手と昼ごはん、そういう習慣というか暗黙のルールを平気で破るし、何か枠を与えられたとしたら、私はまずその枠の有効性や存在意義の検証から入ってしまいます。それを大らかに見守ってくれる人がいればいいですが、そうじゃない場合、結構な頻度で衝突します。そして落ち込みます。


 努力で何とかなるかもしれません。でも、その努力でストレスがたまって、タスクのパフォーマンスが下がるかもしれません。

 自分のこういう点とそれなりに向き合い、悩んできた結果、私は「中和剤」をそばに置くという方法を取っています。 私の人と合わせられない部分を好意的に解釈し、周囲に説明してくれる人や、状況がやばくなってきたときに、私に注意してくれる人に近くにいてもらって、事態のさらなる悪化を回避する作戦です。

 そして善良で利他的な友人のおかげで、私は社会でご飯を食べていけると、それは忘れないようにしています。


 さらに言えば、チームの一員として何よりも協調性を求められる仕事の比率を落とし、好き勝手やっていいけど結果は自己責任、という仕事を増やすようにしています。


 全範囲のコミュニケーションをカバーできる人は本当にすごいと思います。けど、実際にそれをやっている人が一人になったときぐったりしている姿も、私は見たことがあります。

 企業が就職活動中の学生に求めるスキルのトップは常にコミュニケーション能力です。けど、業種や職種、規模によってそれが指すものは少しずつ違っているわけですし、他人を不快にさせないマナーを身に着けたら、あとは自分が疲れない程度に努力すればいいと思います。


 最後に。ゼミ生の侍君とモンちゃんは今、「コミュニケーション能力」が低いことを気にしていますが、それはこの二人が学校の中で際立って優秀で、みなに知られていることとも大きな関係があるのではないでしょうか。


 まだ20歳前後の2人の交流範囲は、これまではごく近い人たちに限られていたのに、有名になって授業で接点がない先生に話しかけられたり、期待をかけられたり、学外のコンテストで他校の学生と会話をしたりする機会が激増しました。

 コミュニケーションの範囲の急激な広がりに訓練や経験が追い付かず、相手を不快にさせたり、あるいは自分が劣等感を抱いたりしているように見えます。


 2人が抱えているもやもやは、人の後ろにいるときには生じ得ないようなものです。人がコミュニケーション能力の壁にあたるとき、それはまさに「成長痛」なのかもしれません。


終わり


 

 

 

④コミュニケーション能力の正体

 次に、「異文化」とまでは言えないものの、自分から上下や横に離れている範囲とのコミュニケーション能力。

 この範囲を元々苦にしない人って一握りなんじゃないですかね。少なくとも私は、訓練して長い時間かかって身に着けました。学生にもそう言いました。


 教え子たちは、「あまり親しくない人との間に話題を探すのが難しい」と言います。誰だってそうです。だから、異業種交流会に行くと、名刺交換の後は頭をフル回転されて「共通点」なり「質問」を探します。会社名がカタカナで業種が分からなかったり、あるいは業種が分かっても全く詳しくない分野だったりしたら、「次はどんな球投げよう」と思いながら。

 大きな会場で知ってる人を見かけたらほっとするのは、知らない人と話すことにプレッシャーがあるからでしょう。


「立食パーティ形式だったら、『ここの野菜おいしいですよね』とか、そんな話題でもいいんだよ。それで2分は何とかなるさ」

 そんなことを学生たちに言いました。前述したように彼女たち、彼らは「発信する」ことに気を取られていましたが、「受信すること」も大事です。例えばこういう場では、相手が話題にしやすいことをあえて作っておくとか。

 新聞に載っている「ビジネスのファッションマナー講座」には、「女性でもオフィシャルな場はグレー、紺系の上着、マフラーで」などとありますが、私はよほど固い場じゃない限り、パステルカラーのも身につけますし、季節を意識したネイルもしています。スマホカバーはキティちゃんで、名刺入れはチャイナチャイナしたデザインです。

 目につきやすい部分を分かりやすくしておけば、沈黙ができたときに、相手が話題に持ってくるかもしれないし、私だって相手が胸元にゆるキャラやご当地のピンバッジつけてれば言及します。助かります。


 20代半ばのころ、ライスシャワー(天皇賞・春を連覇した名馬です)のストラップを携帯電話につけていたら、早く帰りたくて仕方なかった会議で30歳以上年上の人が、「お!」と気づいて、ものすごく盛り上がって「ふー、今日は何とかくぐり抜けたぜ」と思うことがありました。

 これは偶然ですけど、自分の脳の引き出しだけでなく、いろんな小道具に頼っていいと思います。


 「受信すること」は客商売の場合、発信効率を上げるためにも欠かせない能力で、例えば車を買ったばかりの人に車を売っても仕方ないでしょう。潜在顧客がどこにいるのか、目の前にいる人が何を必要としているのか。

 これは「横の範囲」に限らず、縦でも大事なことだと思います。


 この手の「遠い人」とうまくやっていくコミュニケーション能力は、意識して場数踏めば身についていくし、何よりも、本当に手に入れたいものや実現したい目標ができたら、方向性とやるべきことが見えてくる気がします。

 



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