1000の仮面を持つ女(中)
仕事が順調なのは結構だが、そこからもたらされる負の作用も当然ある。「日本語教師」のポジションが固まるにつれ、周囲は日本語が分かる人ばかりになり、中国語能力が著しく落ちているのだ。
でもあなた翻訳者でしょ。そう、翻訳者だから、字面見て訳せても、それを正しく発音できるかは別問題。息子が帰国して夜に出歩けるようになった結果、日本人との付き合いも増え、飲む店はやっぱり日本料理店なもんだから、行動範囲も固定化している。
仕事をしていない頃には、「日本人」で良ければ何でもいい話が時々入ってきたのだが、今はとんとご無沙汰である。私自身、私に新しい色をつけてくれる人を探す必要性を痛感していたところに、この映画話だ。
そして先週土曜日、待ち合わせのカフェに、友人の李さんと監督は現れた。
李さんは働き始めて4年目の銀行員。そして監督は、ポーカー番組を制作しているテレビ局員ということだった(ポーカー番組は大人気なのです)。
監督は座るなり、映画の構想について語り始める。「どぅーびえん、どぅーびえん」と連発する。
「渡辺?」 あ、渡辺淳一!!!。
そう、渡辺淳一は中国で、村上春樹に次ぐ人気作家なのだ。いわく、渡辺淳一の小説3作を一つにまとめたストーリーが今回のシナリオという。まとめたんかい。30分のショートストーリーに。
なるほど。だから、主人公作家なんだ。だからオチがない男女の話なんだ。と、ようやく点と点がつながる。
監督によるとこのシナリオは3年前から温めていたのだが、何せ本人は日本語ができず、日本人の友人もいないため、温めっぱなしの状態だった。そこに、日本に留学経験のある李さんが現れ、一気に火が付いたというわけだ。
「あなたは料理店の女将をやってくれ。あとは日本人の女2人と男1人を探してほしい」
どんどん話を進める監督。ちょっと待て。と遮る私。
①大連に暮らす日本人は多くが男性で、女性は留学生か奥さんがほとんどだ。そもそも母数が少ないよ。40歳前後と30歳前後とか、一番おらん層よ。
②その少ない母数の中から、このギャラもない、ネタとしか思えない企画に協力してくれる人がどれだけおるか、私には分からん。
でも、男はいる。
仕事を辞めて中国語の勉強に来ている30代男性ってのは、そこそこいるのだ。詳細を告げずに首を縦に振らせることくらいはできるだろうな、と心当たりの数人を思い浮かべる。
李さんもこんな話に付き合わされて大変ね、と水を向けると、意外にも大喜びしている。
「最近、職場のプレッシャーがきつくて、見てこの吹き出物。今週はずっとポジティブシンキングの講座に通ってるの。いい気分転換になるわ」
そ、そっか…。2人の期待に満ちたまなざしに、
じゃあ、私も役者やってくれそうな人探してみるね。と言って別れた。
40代前後の時間と無駄なやる気がある女なんていないやろと思っていたら、ふいに、適役が身近にいることを思い出した。
大連で仕事歴8年。日々3時4時まで飲み歩く酒豪Sさん。先日、経費を落とすためにタクシーのレシートが必要になった時、朝帰りのレシートを気前よく300元分くれた太っ腹Sさん。
料理店の女将にぴったりじゃん。とりあえず「女優やりませんか」と連絡してみると、
「えーーー、何それ。場末のスナックのママ役ならやってもいいよ。とりあえず今、ワイン飲んでるからあとで~~~」
なんと、自宅からタクシーで1時間以上離れた、かつ私の家のすぐ近所で飲んだくれていることが判明した。
続く