ゴルフと結婚 | 中国レポート

ゴルフと結婚

 結婚願望がさほど強くなくても、独身である限り「結婚問題」からは完全に解放されないように、
 ゴルフを始めない限り、「ゴルフやるべきかどうか問題」は常にサラリーマンの心のどこかに存在します。


 この二つの問題は、すごく似ている。普段は意識してなくても、周囲がばたばたと「する」側に行くと何となく焦ったり、何かの集まりでその話題になって黙って微笑んでると「すみませんね、内輪の話しちゃって」と気を使われたり。

 そして、結婚もゴルフも、するかしないかは個人の選択であるのに、必ず「欠陥のない大人なら(サラリーマンなら)、やっておかないと」と言う人がいるのも共通しています。

 得意な人もそうでない人も、合っている人もそうでない人も、後悔している人もそうでない人もいるのに、とりあえず「やっておくべき」と言外ににおわせる人が少数ながらいます。


 だから、当事者も、もちろん私も、マジョリティに入っていた方が何となくいいんだろうなという損得勘定と、でも本当は別のことに時間使った方が自分のためだよね、という気持ちの間で揺れ動く。


 どんなささいなことであろうと、マイノリティでいるためには、心の強さと、それをしないと人に説明できる理由(建前)と、1人か2人の同志が必要なのです。


 私はゴルフが嫌いなわけではないですが、その時間を捻出するために犠牲にするものや、普段から息子の世話をしてくれている親の気持ちを考え、子どもが一定の年齢になるまで距離を置こうと決めました。でも、身近なところでコンペがあった翌日とかは、「やっとくべきかな」と揺れることあります。いまだに。来年には道具買ってるかもしれません。

 飲み会も同様で、アフターファイブの付き合いって楽しいし、時間を忘れてしまうのですが(先週末も2時半まで飲んでしまった…)、家庭の事情や健康面の要因で、その場に参加したくてもできない人がいることだけは、忘れないようにと心がけています。そこにいるかどうかで商談や昇進、評価に影響が出て来る社会ってのは、不平等な感じがします。


 結婚、離婚もそうですね。


 法やルールで決まっているわけじゃないけど、「何となくやるべき」という暗黙の了解があるものとの付き合いって難しいなと時々感じます。