私の父は書道の先生をしていたせいか、小さい頃毎日のように付近の友達を集め、一緒に書を学んでいた。

今では筆をとることが少なくなったが、書家の作品を見るたび日本に生まれてよかったと。

そういえば電子メールばかりで手紙を書くことが、ほとんどなくなったせいか最近は手紙の大切さを感じるようになった。

ほとんどのものがデジタル化できる今、それでもなお古くからある手紙が消えないのは、それなりの理由がある。


メールとは
デジタルデータ化された手紙(郵便物)のことをさしているのだ
インターネットの世界では郵便物のように配達人がいなく、輸送機関(車・船・飛行機)もない。メールの伝達は全てコンピューターの処理によって行われる。

手紙とは
筆と紙による通信手段である詳しくいえば、特定の第一者(発信者)が特定の第二者(受信者)に対し第一者の用件、意思、感情を文章、詩歌、物件などで一定の儀礼ならびに慣習に従い第三者(配達人)を介して通達する行為とある。


私たちはどちらもうまく使いこなせるだけの能力は持っているはずだ。


便利な世の中になって時間が速く感じるからこそ、ある特定の人だけは時間をかけ思いをかけて手紙を書きたい。


益々、テクノロジー(情報処理能力・記憶容量・通信帯域幅)は進化し私たちの生活は大きく便利に変化するだろう。こんな時代だからこそ、TPOに応じて、メールと手紙の使い分けをすべきだと思う。


メールのように瞬間で届くのと違い、手紙が相手に届くまで第三者まで介して届けられる。

誰かが言った。コミュニケーションとは、相手の存在を自分の中に再生することなのだと。


なにか時代に逆境してるように思えるかもしれませんが、手紙のよさを再確認した今日この頃です


泉無日記

あすから始まる上海万博。中国といえば様々なキャラクターの著作権問題やグーグルの中国撤退、最先端の携帯といいつつ、どんな携帯かと思えば「髭剃り機能付き携帯」とか最近では公式PRソングの盗作疑惑がメディアに連日取り上げられたり、ギャグとしたらちょっとシャレにならない話まで,そんな中国にあるブロガーの投稿を引用してみた。


ある国の国王が言った。

「もしも青いキリンを私に見せてくれたら、莫大な賞金を出そう」

それを聴いたそれぞれの国の人たちはこんな行動をとった。

イギリス人は、そんな生物が本当にいるのかどうか、徹底的に議論を重ねた。


ドイツ人は、そんな生物が本当にいるのかどうか、図書館に行って文献を調べた。


アメリカ人は、軍を出動させ、世界中に派遣して探し回った。


日本人は、品種改良の研究を昼夜を問わず重ねて、青いキリンを作った。


中国人は、青いペンキを買いに行った。