沖ヨガの創始者で、戦後日本のヨガ界の草分け的存在である沖正弘氏によると、
「異常(病気)の治し方、それはくつろぐこと」だそう。
沖先生といえば、とある〈治ったさん〉のお師匠様。
沖先生との出会い(弟子入り)のお話をうかがうに、メッチャ厳しい方で「くつろぎ」とは程遠い感じもしたのだが・・・
ま、巨匠にはよくある話として、それは置いておいてw
筆者は繰り返し、しつこく、ガンを治すためには心の持ち方が大事であると唱えてきた(つもりである)。
で、じゃあ、どうなったら、心の持ち方が変わったのか?
心の持ち方をいかにして変えるかも難しいが、どうなったら変わったのかを確認することも、案外、分かりにくいものである。
「くつろぐ」というのは、心の持ち方が変わったときの一つの境地である。
結局のところ、ストレスがない、少ないというのは、どんな状況にあっても、くつろいでいられるということだよね。
嫌な人や苦手な人を避けたり、対立したりするのではなく、
まあ、避けたりしてもいいけれどw
そういう人と一緒にいても気にならないようになったら、すごく楽に生きていける気がしない?
ある有名な僧侶は、こんなことを言っていた。
(本で読んだのだが、大変恐縮ながら、どなただったか覚えていない)
「仏教で教えているのは、誰とでも仲良くしろということではない。
誰といても振り回されない、気にならないようになることが大事なのだ。」
これも、くつろぐということである。
沖先生に戻ると、「病気とは異常なバランスのとり方」だという。
病気の人は多くの場合、
交感神経優位、体がこわばっている、暴飲暴食、頑なな心、緊張が強い、(心も体も)何かを抑圧している(我慢し過ぎ)、頑張り過ぎ、アレコレ考えすぎ、不安・恐怖が強い・・・という状態にある。
これらすべてつながっていて、結局は同じことを指しているのだけれど、要は、くつろぎとは反対方向にバランスをとろうとしているわけだ。
意識的・無意識的にネガティブなことを知覚して「身構えている」わけだよね。
これが、異常なバランスのとり方。つまりバランスが崩れているということ。
反対に、くつろぎすぎて病気になっている人は、あまりいないでしょw
なので、くつろぐ。
常に、心がくつろぎ、体がくつろいでいるということは、ポリヴェーガル理論でいう腹側迷走神経(副交感神経)が健全に働いている、安全・安心の状態と言える。
どうだろう?
あなたはいつも、くつろげているだろうか?
本当に心身共にくつろげるようになるのは、簡単ではないかもしれない。
いつもそうなるのは、難しいかもしれない。
そして、何でもかんでも、くつろいでいればいい、というわけでもないかもしれない。
けれど、自分がくつろいでいるかどうか、というのは、生き方の改善の大きな尺度になる。
心を変えろと言うけれど、どうなったらいいわけ?
と迷いの道に入ったら、
「自分はくつろげているだろうか?」
「くつろげるようになるには、どうすればいいだろうか?」
というふうに考えて、取り組んでみるのもいいんじゃないかな。