母、父、祖母。兄、子供、妻。友人。せいぜいこんなところだ。他に何がいる?

己の市場価値を図るための手段が遊び。ここに金をつぎ込む。

家族を除いたときに残るものはものでしかない。大切なものは重要じゃない。だから大切な人が重要である。だって、大切な人自体少ないんだから。こんな中で、ひとの役に立ちたいってほんと?身の回りを大切にする。これ以外はいらない。

半年が経過した。己の社会人生活を最後にする本業の予定だ。ボロ船に乗った。軽装で宝探しに向かっている。試練が待ち受けていた。人、金、リソース、すべてのレベルが極めて低い。いい加減の中でビジネスが回っている。だまし討ちが待ち受けていた。成り立ってはいない。曖昧なものの価値。答えはない。マリファナと一緒。末端価格がものをいう。生産者と中抜きが勝つ世界だ。フルーツはなくならないのか?果実は必要なのか?ここに無理やり意味をつくる。ものがいい加減だから、ひともいい加減だ。ひとの匙加減だ。機嫌と期限次第だ。仕事に命を燃やしている人間はいない。アニキのいう、面白さはいまだにやはりわからない。しかし、市場でカートを運転しているおやじはロックでかっこいい。おれはこれで生きていく、曲がった腰は、S字カーブもお手のものだ。どんな思いで、フルーツを選果しているのだろう。目利きの銀二がうじゃうじゃいる。銭は残らないが、残業では残らない。850万180時間は多すぎる。850万なら150〜160時間で回すのが本来の姿。18時台に帰る。これがあるべき姿。3人目が生まれる。待ち受けているのは、幸運。幸運しか取り込まない。金と時間を作る必要がある。50で終了。年150万つくる。体力をつけ、見た目と体を若くして、必要なものは全部欲張りにとりにいく。5人で幸運をさらに迎えに行く。夏待ってろ。