「ありがとう」の本当の意味


所属している団体の会長が

言っていた。

子供が6人いるらしいが

一番下の子が知的障がいがあるそうだ。


彼のその子に対する見方がこうだ。


「他の子の身代わりになって

苦難を背負ってくれている。

ありがたい。

心から感謝している。」


そう。


人生、受け入れがあるか

どうかで

覚悟が決まるか

覚悟ができずにずっとひきずるか

変わってくる。


人間、生まれたあと

自我が形成され他人と(よその家と)

比べたときに

「有利か不利か」

を自己認識する。


不利だと思っても

そこからどう有利に変えていけるかが

人生の醍醐味だ。 


今「普通に」生きているとしたら

生きていること自体が

奇跡である。


8月になると

「ヒロシマ」「ナガサキ」

の話を聞く。

そして日航機墜落事故の

当時のニュースを思い出す。


原爆は

投下地の候補として

当初は京都、小倉、横浜も入っていた。


その中でも京都が有力だった。

もし、京都に落とされていたら

京都に親が住んでいたので

おそらく今の自分はいない。


横浜は候補地から外されているが

原爆投下直前に

大空襲を受けている。


戦争が終わったから

どうこうに関わらず

現代の今という瞬間、瞬間でも

危難やトラブルに巻き込まれてしまうか

どうかは

紙一重だと感じる。


「危難、不幸」

に遭った人たちを見て

若い頃は

かわいそうという感情が大勢だったが

自分が生かされているありがたさを

再認識することもするようになった。


今年も

そう感じながら

手を合わせている。