私は一応大卒ではあるが、日本全国誰でも知っているような大学の出ではない。

 
でも入試の際はそれなりに勉強したし、在学中も試験勉強だけではあるがそれなりに勉強した。
 
大学時代の友人とは卒業後10年ほど経つが今でも頻繁に会っている。
 
そんな私が学歴について語る。
 
私が新卒で入社した企業は、そこそこ大手ということもあってか周りは大卒しかいなかった。
それこそ一流大学卒の人もいれば私と同じようなレベルの大学卒の人もいたが、特に学閥等は無かったので、そういう意味では平等だったと思う。

その後、転職をした先の企業では大卒とそれ以外が半々くらいだった。
 
私は学歴など全く気にしていなかったのだが、転職先では気にする人は意外に多かった。
 
それも、大卒ではない人にその傾向が多かった。(これはあくまで私の体験談だが)
 
「君、本当に大学出たの?」
「君の出た大学、ネットでFラン認定されているよ」
 
これらは非大卒者が大卒者に向かって発した言葉だ。この類の言葉は本当に良く聞いたし、実際に私も言われたことがある。
 
「君、本当に大学出たの?」には「大学出たのにその程度なの?」っていうメタメッセージが込められていたと思うし、「君の出た大学、ネットでFラン認定されているよ」には「こんなバカな大学の卒業生なんて恥ずかしくないの?寧ろFラン大学に行ってたなんて時間と金を無駄にしてたんだね」っていうメタメッセージが込められているのだと思う。

自分は大卒じゃないから出来なくても当然だという逃げ道を作った上で大卒者を卑下し、更に大卒じゃないから自分には出身大学の偏差値など存在しないというこれまた逃げ道を作った上で、他人の出身校の偏差値をわざわざ調べて嘲笑するという、極めて卑怯なやり口だ。
 
面白いのが、そういう人に限って東大京大早慶クラスの出身者には無条件に崇拝してしまう人が多い(これもあくまで私の体験談)。これは見ていて実に滑稽だった。
 
こういう人は、恐らく自分は大卒では無いという学歴コンプレックスを根底に持ち、大卒では無いがその辺の大卒よりは能力が高いんだという反骨心を持ち過ぎており、自頭は良かったので真面目に勉強すれば有名大学にだって入れたんだぜ、と根拠も無いのに思い込んでいる人、なんだと思う。実際にもそうやって口に出して発言する人が多かった。
 
大学に行ってないからこそ大卒者には負けない!と思うのは結構なことだが、それをわざわざ口に出して、しかも何の罪もない大卒者を卑下するのは間違っている思う。そう思うなら自分の中で留めておけば良いのに。
 
そこでふと考えてみた。
 
前述のような人って、大学ってどんなところか分かってないのではないだろうか。
 
小学校、中学校、高校、ここまでは授業の仕組みがほぼ同じだが、大学は違う。だから無理は無い。
 
「私大の文系大学生って、チャラチャラして遊んでばっかなんでしょ?」
 
恐らくそう思っているのだろう。

これは否定しない。私もめちゃくちゃ遊んだ。
実際私の出身大学は文系で、講義は上手く調整すれば週4日しか無かった。逆を返せば週3日は朝から晩まで自由時間だった。
 
これは何を意味するのか。
 
それだけ自由な時間が増えるってことは、それだけ誘惑が増えるという事だ。
 
20歳を越えればお酒も覚えるしパチスロも覚える。授業に行かなくても学校から親に電話がかかってきたりしない。車の免許も取れるから、行動範囲が広がる。校則に縛られることも無いので金髪ピアスで登校しても誰にも咎められない。アルバイトに費やせる時間が増えるからお金を手にする。下宿している友達が出来る。人の家に泊まるということに抵抗感が無くなる。家に帰らなくなる…
 
このように、高校以前とはパラダイムが劇的に変わるのだ。
 
でも、テスト期間というのが年に数回やってくる。
 
私の出身大学は大した大学ではないが、それでもテストは難しかった。小中高大とテストを経験した中で、ぶっちぎりで大学のテストが難しかった。
 
授業に出てりゃ単位をくれるとか、教授に気に入られれば優遇されるとか、そんなのはマンガかドラマの世界で、実際はそんな生易しいものじゃない。定性的評価は存在せずテストの点数+出席日数のみで優劣が判断されるシビアな世界だ。無論、成績が悪ければ留年する。実際に高校時代とは比べ物にならない程、留年する人、退学する人、がいた。
 
その環境下において私の1週間のスケジュールはというと、平日は週3でアルバイトをして残り2日は大学のサークル活動に当てていた。土日は両方ともアルバイトをしていたが、合間で当時の彼女に会う時間も作っていたし、高校時代の友人と遊ぶ時間も作っていた。
で、テスト期間になるとそこから更に勉強の時間を捻出する。
 
おそらく私立の文系大学生ってだいたいこんな感じだと思う。
 
あと、「大学のサークル活動」というものも、「大学でサークル活動をした」経験が無い人には良く分からないとことだと思う。

クラブ活動には顧問がいるが、サークルにはいない。自分たちでリーダーを決め、自分たちで運営していかないといけない。
「サークルなんて遊んでるだけじゃん?」って思うかもしれないが実はそうではない。
まず、「敢えて」厳密な上下関係を築かず、しかしながら上級生は下級生に対してリーダーシップを発揮しないといけない。
遊ぶにしても、企画をする→当日のスケジュールを練る→場所を予約する→お金を集める→車の手配をしする、などやることは沢山あり、これらをサークル仲間とコンセンサスを取りながら進めていかねばならない。計画に5W1Hが伴っていないと当日グダグダになる。
更に、サークルは元々の友達の集まりでは無いので、正直ウマの合わない人だっている。喧嘩もいっぱいする。でも、大前提として「楽しむ」ということを忘れてはいけない。

なので、もしあなたは大学で何を学びましたか?と質問されると、私はこう答える。
 
「時間の使い方とサークル活動でマネージメントを学びました。」
 
これは胸を張って言える。「自由には責任が伴うということ」「自分たちの作った組織を自分たちだけで管理運営していくことの難しさ」を身をもって体験できたことは、今の私の人間性を形成する上で重要な要素の一端を担っていると思うし、社会人になってから仕事を行う上でもも大いに役立った。
 
大学の講義で得たものがなかったと言えばそうではない。それなりに知識として得たものはある。でも今思えばそれは本を読めば得れたかもしれないし、それが私という人間を形成する上で必要だったかと言われるとそれは皆無に等しい。社会人になって仕事を行う上で役立ったことも特に思いつかない。
 
ただ、私が得たと思っているその二つのことは、通信教育で大卒の資格を取ったとしても、大人になってMBAの資格を取ったとしても、得られるものではない。
 
「大学に4年間通った」から身をもって学べたし、それを「社会人になる直前の4年間に学べたから価値がある」と思う。
 
これらの経験をしてきたから、今私は人に監視されてなくても自分で自分をコントロールしながら仕事が出来ているし、マネージャー職に着いた時も特に苦労しなかった。

人間性の面でいうと、こういった経験をしたことによって、少なくとも他人を卑下して優越感に浸るような人間にはならずに済んだのかもしれない。
 
 勿論、大学に行ってなくても素晴らしい人は沢山いる。

前述の通り私は学歴など気にしないし、10年程の社会人経験の中で尊敬できるなと思った人は数人程度だが、その中には高卒の人もいる。

その人は仕事を行う上での能力値も高いが、加えて人間性も優れている。勿論自身の能力を過大評価し、自分より劣る大卒者を卑下して優越感に浸ろうとなんてことはしない。
この人は私が大学に4年間通って得たものを、高校時代かそれ以前に得ていたのかもしれない。

結局のところ、大人になってからの人間性というのは青春時代をどう過ごしたかにによって決まるのだと思う。

「大卒者を卑下して優越感に浸る人非大卒者」については、学歴の問題ではなく単につまらない青春時代を過ごしてきた人達なのだろう。

「青春時代は一度きり」ということを考えると、もう手遅れだ。この人達に出せる処方箋は無い。