20世紀、共産党一党支配の旧社会主義国では、

党に批判的な言動、活動を隣人・近所で監視し、密告するという恐ろしい社会があったそうだ。


本来、タブーも含め自由な言動が売りのネットが

今や、会社、関係者に批判的な発言をする者をチェックする媒体となってしまった。


何も言えない。

私的媒体なのに、なまじ社会的とつながってしまうため、

社会に物申す機会・権利を得たのと同時に、責任・義務も負わなくてはならないようになった。


各個人の飲み屋の愚痴感覚を垣間見られるのが良さだったと思うが、

もはやそういう媒体でなくなってしまった。


どんな発言でも、それなりに寛容に受け止めて、

話半分ぐらいで読むのが、大人の感性だと思う。


日本社会をもっと自由に、柔軟にするはずのネットが、

日本社会を窮屈に、息苦しくしていく。


戦後反省したはずだが、未だに日本は変わってない。

21世紀でも形を変えて「ファシズム」は出没している。

いつ台頭するか、本当に恐いと思う。




同じ距離でも進む方向によって、全く違う景色を見ることになる。


例えば、15kmを上野から北に向かえば浦和ぐらい?

その15km、上野から真上に進めたら、空。


日本橋から400km西に進んだら、名古屋あたりだろうか。

しかし、日本橋を真上に400km進んだら、そこは宇宙。




同じ距離でも、方向次第で、全く違う景色。


人生にも同じことが言えるだろうか。


そんなことを、ふと思った。

大人になっても、わからないことがある。

世界の誰か、答えてくれないかな~。

未来の誰かでもいいけど。



①空間の限界、果てはどこ?

 宇宙というのは、「ビックバン」という爆発から始まり、

 宇宙は膨張し続けているらしい。


 では、ビックバン以前の、空間は一体何だったのか?

 膨張し続ける宇宙の果ては何があって、その先は何が広がってるのか?


 わからない。想像できない。

 

 一体、空間はどこまで広がってるのか?



②血液型は、なぜ4つ?

  遺伝子みたいに26じゃダメなの?

  なぜ、4つなのか?10でも、100でも良い。

 


③体側面を、他人に触られると、声を上げて笑ってしまうほど、こそばいのは?

 自分で触ってもこそばくない。

 他人に触られても、痛くない。苦しくない。こそばい。

 泣いてしまうほど痛くても構わないのに、なぜか笑ってしまう。

 なぜ?必要か、この機能?


疑問は尽きない・・・。