キミはこのブログを読まない!?

キミはこのブログを読まない!?

こんなタイトルをつけると、ひねくれ者のキミは、きっと読んでくれるだろう。ほら、興味津々(きょうみしんしん)もう読み始めた。

ここでは、考え方・生き方をテーマに考察する。かな?
それと書籍化する予定の文章を書く。かも?

Amebaでブログを始めよう!


人生を方向づけるのに
「考え方」が重要ですが、

その考え方が正しいのか
間違っているのか、
何を判断基準にするのか考察してみよう。

ぼくの判断基準は、
「その考え方が人類に取って有意義なのか」とする。

キミはどう考えるかな。

例えば非科学的なことや真実ではなくても、
人類に取って有意義な言動であれば良とする。

輪廻転生なる思想はその最たるものだ。

死んだ後、生まれ変わることは、
現在の科学では証明出来ない。

ただ「生まれ変われる」と考えるのと
「生まれ変われない」と考えるのでは、

人類にどのような影響を及ぼすだろう。

交通事故で子供を亡くしたとする。

生まれ変わって
また私の子供になれるかも知れない・・・

そう考えられると幾分心は救われる。

真実ではなくても、
そう考えたいのが人間ではないか。
また輪廻転生は生前に良い行いをすれば、
来世は良い環境に生まれてくると説く。

反対に悪い行いをすれば、
来世は人間に生まれてこないと説いている。

実証出来ないけど、
人類に取って有意義で価値的な発想だ。

そして、もしかして・・・
生まれ変われるのではと、人間は思う。

そうすると死の恐怖も和らぐ。

逆に、仮に人間は死んだら終わりで、
生前に殺人をしょうが、
強盗をしょうが関係ない。

そのように考えてしまうと
理性の糸がプッツリと切れた時、
歯止めが効かず刹那的に
自己放棄した行動をとってしまう。

だから我々は子供の時から、
悪いことをすると鬼がくるとか、
夜中に口笛を吹くとヘビが出ると
嘘を教えられ戒められてきた。

これは真実ではないかも知れないが、
価値的な「考え方」の創造だ。

我々が今、
考えなければならないのは、

常識ではなく
「良識」を創造することが大事なのだ。


人生は思いどおりにならない。

なぜだろう。
キミはどう考えるかな。

僕は物事にはすべて
意味があると考えたい。

だから、
思いどおりにならない意味もあるのだ。

では逆の発想で
人生がすべて自分の
思いどおりになったらどうだろう。

楽しいのだろうか。

最初はきっと楽しいだろうが、
いつでも思いどおりになってしまうと、
そこには感動も喜びも
次第になくなってしまうと思う。

思いどおりになるという
概念すら最後はなくなってしまう。

思いどおりにならないということは、
人生に於いて感動と喜びを
得るための試練なのだ。

大変な思いをしたり
苦労をするから、達成感があり、
喜びを感じ幸福感を味わうことが出来るのだ。

人生の目標は幸福になることだからね。

それから、
悪にも意味がある。

悪が存在しなければ、
善も存在しない。

良い人が存在するためにも、
悪い人(極悪非道な人ではない)が必要なのだ。

世の中全員が良い人ばかりになったら、
良い人のありがたさも、
無くなってしまうし、
良い人という言葉も死語になる。

だからと言って悪を推奨する訳ではなく、
必要な悪である。

思いどおりにならない人生に
チャレンジするのが、
人生の面白味で、醍醐味なのだ。

だから、途中で諦めないことが大切だ。

人生は思いどおりにならないだけではなく、

不運な事故や、愛する人の死にも直面する。

それもすべて意味がある。

あるいは、そう考えたい・・・



日本人は常識あるバカが多い。

娘の同級生が学習塾に行き始めたので、
わが子も塾に行かせる。

みんなが並んでいるから「美味しい」
と判断して行列をつくる。

小学生で携帯を持っている子がいるから、
うちの子も持たせる。

他者の行動を見て判断するのが、
日本人の常識。

「魚釣り禁止区域」と看板が立っていても、
他者が釣りをしていれば、
平気で釣りをするバカ。

ゴミすて禁止と書いてあっても、
ゴミが置かれていると、捨てるバカ。

行楽地で
「バーベキュー禁止です」と係員が制止すると
「他もやってるじゃん」と言うバカ。

多くの日本人の判断基準は
「他者がやっているか、いないのか」が
基準で常識になっている。

良識とは娘にとって学習塾に行くことが、
ためになるのか、ならないのか考察して、
判断することだ。

それぞれの家庭環境によって判断状況は違う。

信号が青になって、
みんなが横断歩道を渡っているからと、
自分も渡るのが常識だ。(事故に遭いやすい)

良識は信号が青になったら
自分で左右を確認して渡ることだ。
(自身が確認、判断している)

日本人の常識にはもう一種ある。

それは過去に行ったこと
「しきたり」だ。

したがって前例がないと非常識となり、
新しい価値観を創造しようとしない。

昔の常識は現在では非常識になった事もたくさんある。

なのに、そこに固執する先人はやっかいだ。

「近頃の若い者は・・・」
近頃の若者を育てたのはあなただ。

時を経ても変わらない、
普遍的な常識は良識と言えるかも知れない。

良識とは常識を疑うことでもある。

日本では中学、高校では制服がある。

私立では小学生でも制服があったりするが、
みんな一緒が大好きな日本人の常識である。

個性を引き出すというのも
大事な教育の一環のはずだが・・・

みんな一緒は制服にとどまらず、
小学一年生から、筆箱、ランドセル、
上履き等々、同じ物に統一される。

この常識が社会人になっても、
みんなと一緒でなければ安心出来ない。
といった国民性を育てているように思う。

個々が良識を創造する教育が必要だ。





bitFlyer ビットコインを始めるなら安心・安全な取引所で

 
 
フロイトは人には
自分で把握している意識と、
さらに深いところに無意識、
潜在意識があることを発見した。
 
キミがグッスリと寝ている時も
潜在意識は休むことなく二十四時間働いているのだ。
 
キミの思いや願いや行動は
脳の潜在意識にインプットされ、
関連する刺激により表に現れてくる。
顕在化するのだ。
 
キミの日々の思いが人生を創り出しているのだ。
 
もしキミが満足のいかない人生を送っているとしたら、
知らないうちに不満や不足、
不安に満ちた思いを抱いて暮らしていることになる。
 
どんな人生を送りたいのかそれを決めるのは自分自身なのだ。
 
もう分かるね。
キミが人生を変えたければ、思い、
考え方を変えれば良いのだ。
 
でも意識の中に少しでもネガティブな考え方があれば
思いは打ち消されてしまう。
 
だからいつもポジティブに情熱を持って
向上を願うことだ。
 
注意しなければならないのは、
人間関係においても、
「あいつは何をやらせてもダメなのだ」。
という思いは、そのまま自身に返ってくる。
 
*潜在意識は他人と自身を区別しないのだ。
 
だから「あいつは何をやらせてもダメなのだ」。
のあいつは自身の事として潜在意識は認識してしまうのだ。
 
何をやらせてもダメなのは自身の事にすり替わってしまう。
 
否定的な思いはやめて他人の成長を願う
自身にならなければならない。
 
キミもこれからの人生できっと
誰かと対立するようなことがあるだろう。
 
そんな時は相手を非難しないで、
その人の過去に思いを馳せて理解し、受け入れよう。
 
そうすれば人間関係も好転し、発展していくだろう。
 
しかし、世の中にはいろんな人がいて、
心がひねくれたり歪んだ人もいる。
 
そうした人は心の病人だ。キミは病人を非難しないだろ。
 

bitFlyer ビットコインを始めるなら安心・安全な取引所で



 
 
人が2人以上の集まりになると
組織になる。
 
組織にとって大事なことは何だろう。
 
それは、
「何のための組織か・・」
と言うことだ。
 
企業では理念をかかげている。
 
「良い商品を提供し、お客様の笑顔を・・」等
 
この手の理念は大半の社員は認識できる。
 
しかし、
さらに「良い商品を提供し、お客様の笑顔を・・」は、
何のためなのか?
 
深い次元での「何のための組織か・・」
ということは認識されていない。
 
先進国でも自殺が多く、
幸福だと思える人々が少ない日本の現状には、
 
この深い次元での目的感が
かけているように思う。
 
人生哲学がかけているのだ。
 
経営の神様と言われる松下幸之助は
社員に対してこんな質問をしたそうです。
 
「松下電器は何をする会社や?」
 
社員は答えて
「電化製品を作って売る会社です」
と言ったそうです。
 
幸之助は「それは違う」
そしてこう言ったそうです。
 
「松下電器は人を創る会社や」
 
業界は違えども、
どんな職業にもあてはまる
言葉ではないでしょうか。
 
美容室でいうと技術、接客を通して
ヘアスタイルを売る職業と考えてしまうのですが、
施術、接客をするのは人間です。
 
その人間性を磨くことが本当の意味で
技術、接客を最高のものにしていくのではないでしょうか。
 
そういった教育がどこの業界にも足りてないように思う。