新名智 雷龍楼の殺人 | 花の本棚

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新名智 「雷龍楼の殺人」
以前読んだ新名さんの作品が面白かったので、先月出た新しめの作品を読んでみました。

 


 
雷龍楼と呼ばれる孤島にある屋敷にやってきた。ここでは2年前に主人公の親戚4人が亡くなる事件が起きており、事件で両親を亡くした従妹は主人公と暮らし始めていた。彼はある目的のためにこの島に来たのだが、到着した夜に自分の部屋の浴槽で親戚が殺害されているのを発見する。その時部屋は内側から施錠されていたため、犯行は同じ部屋にいた主人公にしか出来ないと疑われてしまう。
一方で従妹は下校途中に何者かに誘拐されてしまう。犯人の要求は主人公が向かった雷龍楼にいる彼の叔父が隠し持っている情報であり、彼にそれを入手させるために誘拐したと告げる。しかし突如殺人事件が発生し彼が犯人だと疑われ始めたため、誘拐犯と協力して彼の無実を証明するというお話。
 
二つの場で起きる事件の真相を探るミステリー作品となります。
本作は設定の使い方が非常に上手いのが見所となります。序章の段階で館側の犯人が作者から明かされるので、なぜその人物が犯人でどうやって密室状態の部屋で殺人を起こしたかを考えていくというものになります。しかも推理役が誘拐されていて、通話でのみ現場の状況を伝えてもらって推理するという形式は斬新で読んでいて面白かったです。
一つ懸念として真相に納得しない人がそれなりに出てきてしまうことです。ネタバレになってしまうので具体的には書けませんが、その真相になることを納得できる伏線や物語の上手さがあったかと考えると…正直厳しいです。上に書いたように設定自体は面白いと思うのですが、小説として良い作品になっているかはまた別の話です。私としても「ナシではないけどもっと良い真相があったのでは」という印象でした。
 
作中にて殺人事件が起きたあとの親戚たちの態度を見て失望していた主人公に対して「異常事態に出る行動をその人の本性だと思わないこと」と叔父に忠告されているシーンがありました。異常事態での行動こそ本性が出る、とコロナの時には言われていたのに対してこのキャラは逆の主張をしていて珍しいですよね。ただ逆を主張する理由は本書内では特に描写はなかったので、「異常事態での行動こそ本性が出る」を支持する側としてどういう理由だとこの逆の意見に納得できるかを考えてみました。
一番納得度が高いのは異常事態でちゃんとした行動が出来るかは人間性ではなく能力に依存する、という考えです。消防士のような訓練を積んでいる人間でない限り、異常事態が起きた時は何も心の準備が出来ていない状態から動き始めることになります。そんな中でも取り乱さない精神力、適切な行動の判断力などは人間性よりもその人が培ってきた能力であり、それを持っていないことで「異常事態に悪い行動をする=本性」とするのは適切でない、という説であれば筋は通っているかなと思います。
と言いつつ、自分で書いた上の説にはまったく共感していません、あくまで説明として一番納得がいくのがこれだと思っているだけです。私の経験上、異常事態における行動や姿勢にはその人の本性が如実に出ているのを何度も見ているので、自分の経験の方がはるかに信用できます。
 
真相に難がありつつも、内容は斬新で面白い点はあるので気になる方はチェックしてみてください。