藤岡さん、こんにちは。勝ち組、負け組。私も個人的に好きな言葉じゃないですね。空気を読むと言うのも首を傾げます。いずれも知育ばかりが先立って、徳育 が欠けている気がしますね。逆に言って、徳育に欠けている人がそれを補う為に知育や体育に入れ込んでいる例も目立つような気がします。有能になれば未熟な ままでも社会が認めてくれるという間違ったモチベーションがあるのではないかと思います。これからは徳育が見直されるべきだと思います。
(toraji.com とら☆こむ!さんのコメント)



まさに仰る通りです。


同感しますね。


これはね、一番の良い例が今回のバンクーバーオリンピックだったんじゃないかな。


あの、19歳の浅田真央君がね、


悔しさを滲ませながらも、まだまだ負けないという思いで戦おうとしている姿、


あれが今の若者に一番必要な精神じゃないかと思うね。


勝って慢心してしまったらその人はそれで終わってしまう。


だけど勝ち負けじゃなくて生き方の問題、どこに心を置くか。


ここに人間性が表れるんだ。


勝っても醜い姿を晒してしまったら、

金メダルの価値もどのような評価になるかわからないよね。


勝ち負けだけで括ってしまうのはどうかなと、疑問に思いますね。


金、地位、名誉など、そういうものを持っていれば立派な人なんだという風潮がこれまであったけど、


決してそうではないし、


技術や能力だけでその人の魅力を計るべきではない、と 。


バランスのとれた理想的人間像を求めて努力する。


そこに徳育という世界がある。


道徳概念を持ってしっかりと社会的な位置の中で己自身を磨いている人というのは素晴らしいと思うし、


そういう人ほどリーダーになってもらいたい。


だから徳育が見直されるべきだと思うし、賛成ですね。


もう一言、言わせてもらえば、


人は、それぞれ国を背負っている。


アイデンティティー、民族性、伝統、文化、人間力など。


世界は、それを見ている。


個人を通して、その国を見ていると言ってもいい。


合掌、
藤岡弘、



藤岡弘、オフィシャルサイト