日本に帰ってきました。終わってみればあっという間の25日間でした。
帰国前夜に開いたレセプションでは、話す相手に困るぐらい現地の知り合いができていることに気付きました。そしてそれまでは握手だった彼らとのあいさつが、頬へのチュッに変化していることにちょっとうれしく感じたり。
(しかし、このチュッってやつ、今では全く違和感なくこなしてますが、最初はこっぱずかしかったなー。)
レセプションでは、いろんな人と仕事以外のプライベートな話を始めてしました。最後の最後までもめた相手先のJさんは華人系。中国語は話せるの?と聞いたら、挨拶ぐらいかなー、ニーハオとかとの回答。それじゃー、私の方が知ってるよ、と言うと、家族とはマンダリンは話さないから、、、とのこと。なぬ?もしや広東語を話すの?と聞いたらまさにその通り。でも、それでも数字ぐらいしかしゃべれないとのことで、私の広東語の知識は数字を披露するぐらいで終わりました。
いろんな人と話をして、ようやく3週間の殆どを共にした相手先のFさんのところに行くと、「キミがずっと他の人としゃべっているから、ボクに気付いてないのかと思ってたよ。」なんてことを言う。オマエもラテンな男じゃのー。「次はいつまた来るの?」と言うので、「本合意のときかなー。でも今回の内容から大きい変更がなければ来ないかも。」と答えると、「じゃあ、たくさん変更するようにしとくよ!」っておいおい、やめてくれ!
別のJさんは、「うちの娘に、日本語で何か話しかけてくれ。」とケータイを取り出して録画しようとしている。これまで、一緒にクールに仕事をしていたJさんに隠されたミーハーな部分に苦笑い。
3週間たっても私の西班牙語能力はお恥ずかしいレベルなのですが、実地訓練の甲斐あってか進化したと思える変化がありました。それは電話で話せるようになったこと。そんなレベルでよく仕事していると自分でも思います。ええ。出張当初はなるべく電話では話してなかったんですが、最後の方はもうそんなことは言ってられず、ガンガン電話して、相手がべらべら話していようと、"Escuche me!(私の言うこと聞いて!)"とさえぎって自分の知りたいことを聞いている自分に気付きました。これってただのオバハン化かしら。
あるミーティングのときも、先方がなにやら彼らの都合でスケジュールを変えようとするので、「絶対に変更しません!」と思わず叫んでしまったんですよね。睡眠不足、蓄積した疲労、まとまらない会議に相当イラっとしていて私の形相も般若のようだった、、、らしいです。後で先方に言われたことは、「キミは、ご主人にもあんな感じでダメだしするの?」、、、ほっとけ。
当地への出張は今回が4回目。これまでの出張では、昔好きだった相手(南美州国)とのうめようのない距離感を感じていたのですが、今回はもしかしたらうまくいくかも、、、という予感を感じています。なんのかんの言ってやっぱり南美州国は私の原点なのかも。