四年ぶりくらいに、二日酔いがキツいです。

以前も書きましたが、発展系レイキをするようになってから、気づいた時には、酷い二日酔いにはならなくなっていました。

それは非常にありがたかったですが

もし邪悪な存在がもたらしているエネルギー(レイキ)なら、かなり危険ですから

辛くても自己ヒーリングしなかったのですが

今日は、キツいので、してみました。

私の経験では、発展系レイキには、だいたい即効性は無いですが

何日間もしているうちに効果がはっきりと表れて来ます。

二日酔いが非常に軽くなるとか

身体が、重力から逃れたように軽くなるとか

(体重が軽くなる訳ではないです)

しかし、発展系レイキの中には、邪霊由来のものも少なくないでしょうし

もし、正神界からもたらされた正しいエネルギーだとしても

いつ、邪気が混じるか分かりません。

まあ今日は辛いから、自己ヒーリングしましたが

発展系レイキのどれが、元々は正しいかが重要ですね。


「霊能者」の言うことなど、全くアテになりません。

霊能者などは、邪霊を「神」「天使」だと勘違いしているキ印しか、いませんから。


霊能者として、信じても良いのは、僧侶と神職だけです。

僧侶や神職でも、独善に陥った人はいます。

まして巷の、素人「霊能者」など、絶対に信じてはダメです。


「自分はちゃんと修行した」

と言い張ってますが

僧侶や神職ほど、きちんとした師匠について、ちゃんと修行している「霊能者」など皆無に近いです。

僧籍が無く、神職でない修験者(山伏)なら

信頼に値する人も、中にはいます。

修験者(山伏)の修行は、半端ではないですから。

だが、もちろん邪霊に憑かれている山伏たちもいるのですね。


巷の、中途半端な「修行」をして

「自分の師匠は偉い。師匠の師匠も凄い」

なんて豪語している勘違い「霊能者」の

その「師匠」とやらは、自分の弟子が邪霊に憑かれていることすら、見抜けていません。

本当に、正しい神霊に守護されている「師匠」なら

弟子とのメールで、「この弟子は邪霊に憑かれた」くらいは見抜かないといけませんね。

それから、邪気邪霊を祓う指導をすべきですが

その程度のことも出来ない訳です。


そんなにへっぽこな師匠について、いい加減な「修行」しかしてないへっぽこ霊能者が

「発展系レイキの○○と○○は大丈夫です」

と太鼓判を押したところで

まず、その霊能者の人間性が疑わしいのですから

そんな言葉を信じる訳にはいきません罠。


でもとりあえず、そのへっぽこ霊能者が太鼓判を押した発展系レイキで自己ヒーリングをしたら

今、大分楽になりました。

もしかしたら、邪霊の罠かもしれませんが。


レイキは便利ですが

常日頃、邪気を防ぐ努力をしていないと、死後は地獄行きの恐れがあります。

私も自信ありません。

ですから問題は、如何に邪気から身を守るか、です。


私は2人姉弟の上です。

家によってそれぞれ違いはありますが

だいたい、上の子の方が損ですよね。

しかも、上が女で下が男だと、目も当てられない悲惨さです。

(もちろん、全ての家がそうだという訳ではないのは分かっています)


幼い時の私、結構成長してからの私が

物分かりが悪くて不器用で、アホだったのは

(今も治ってませんが)

母の気を引きたかったからだ

ということが、最近よく分かって来ました。


蝶々結びが出来ないとか、不器用でいると

母は「何でいつも『おったって』でしか結べないの?」と言いながら、結び直してくれました。

ぼやーっとしてると、色々やってくれました。


母に構ってもらいたくて、アホのふりをするのですね。

それが定着して、本物の阿呆になります。


私が近年、二桁の計算も出来なくなったのは

仕事で、年齢を誤魔化すためだったというのも分かって来ました。


「何歳?」と執拗に聞くお客が時々います。

「秘密」と言うと

「何歳の時、どんな事件があった?」とか、しつこい。


それで酔っ払ったふりをして(実際酔ってますが)

計算できないふりをしているうちに

本当に計算できなくなってしまいました。


人間は環境に適応するのですね。

不器用で物分かりが悪くて、簡単な計算も出来ない

というのは、悪い適応ですが

しかし

親の愛を得るため

生きて行くお金を稼ぐためには仕方なかったのです。


「愚兄賢弟」という言葉がありますが

今なら、上の方が愚昧になるのは分かります。

アホでなければ、親にほっとかれるからでしょう。

アホを演じて親に手をかけてもらうことを覚えて

そのうち本物のアホになる

仕方ないですね。


私は、娘を生んだ後

たて続けて三回も流産して

大泣きしたこともありますが

後で、「一人っ子で良かった」と、つくづくほっとしています。


一人っ子なら、差別も何も無いですし

とにかく子供に気を使わないで済みます。

馬鹿な親は、2人も3人も子供生んじゃいかんよ!

馬鹿な親は、一人っ子を気楽に育てるのが一番、害が無いです。

昔のように、爺さん婆さんがいて

近所の人達が面倒見てくれたような時代ではないですから。


馬鹿は子供生むな!

生むなら、せいぜい1人にしとけ。


ちょっと極端ですかね?


密教の経典の中に

理趣経(りしゅきょう)

という経典があります。


この経典は、誤解を招きやすいですから、秘密にされて来たのですが

どういう訳か、巷に漏れてしまったのです。

しかも、案の定

大きな誤解とともに、漏れてしまいました。


一番困る誤解は

「理趣経は性欲肯定」

「理趣経はセックス礼賛」

という、勘違い甚だしい誤解です。


真言宗の僧侶たちは、学生のうちに

「理趣経は性行為推奨ではない」

と授業でも習います。


このことに関しては

私は、真言宗のお坊さんから直接聞いております。

「理趣経が性行為肯定なんて、とんでもないですよ」と。


確かに、夫婦間で子供を産むための性行為なら

清浄な行為だと思いますが

避妊してまでする性行為が、夫婦間でも推奨されているかどうか

これに関しては、これから調べたいですが

夫婦でもない男女が、避妊してまでする性行為が正しいことでしょうか?

百%の避妊は無いようですから

失敗して妊娠したら、どうするのでしょうか?


また、そういう現実的な事ばかりでなく

仏教では

「夫婦間でも性行為はなるべく避けること」

と、されています。

独身者は、基本的にセックス禁止です。

相手が仏教徒でなくても、相手が独身でも、夫婦間以外の性行為は正しいとはされていません。

独身の仏教徒が許されているのは、自慰くらいです。


それなのに、何故、理趣経は許している

のみならず、推奨していると誤解してしまうのでしょうか?


誤解するのは、その人の探求心の浅さです。

高野山大学の教授あたりの方が記した

「理趣経解釈」

などの著書でも読めば、すぐに分かることです。


まあ、悪いのは

素人にまともな解説もしない生臭さ坊主なのでしょうけれども。


素人向けの仏教雑誌などで

ろくな解説も書かないで

「(肉体的に)愛し合うのも悟りの境地である」

などと書く堕地獄の僧侶が、素人の誤解を引き起こしたのでしょう。


大欲(たいよく)というものは

そんなイージーなものでは、ありません。


ともすれば無気力に陥りがちな仏教修行者が

無気力から脱して、世のため人のために生きようと思う原動力

これを肯定しているのです。

(もっと深い解釈は、別にあるでしょうけれども)


たとえば

悟りを得るためだけでなく、他人のためにもなれる自分になりたい

そのためには生きたい

生きるためにはお金を稼ぎたい

勉強するためのお金も欲しい

体力気力を付けるために、栄養ある美味しい物も食べたい


こういう欲望を、肯定しているのです。


もっと深い解釈は、もちろん別にあるようです。