ミケの旅と人生の徒然 -17ページ目

ミケの旅と人生の徒然

元々は旅ブログで始めたのが闘病記になり…まだまだ闘病中ですが、旅ブログも復活です!

こんにちは。

ただ今、経過観察中の子宮体癌サバイバーで、50の壁と闘うミケです。

 

電気代とガス代の

 

先々月から奈良にはまり、一人奈良旅の続きです。

今回周ったお寺は、これが最後です。

 

 

唐招提寺の後、悩んだのですが、徒歩10分もかからないという事もあり、三度(みたび)どころか4回目の薬師寺訪問です

唐招提寺からは、歩道の無い割と狭い道を歩きます。

それにしてもお腹空いたなと、何か食べようかなとか思い始めました。

前夜は結局、ヨーグルトや冷凍フルーツ等のみで、ロクに食べず。

この日の朝も、ヨーグルトとかだけで済ませていたので、流石に空腹を感じ始めまして。

通り道に蕎麦屋の看板を見つけ、蕎麦好きな信州人が奈良で蕎麦…それも良いかも?!と、蕎麦屋へ行こうとしました。

が!結構な行列でして。

唐招提寺から薬師寺へ向かう道、あまり飲食店が無かったのです。

というか殆ど無い。

だから必然的に混むわけです。

オフィス街でもないし、休日でも無かったら、商売が成り立つほどにはお客も来ないのでしょうね、だから店が無い。

お腹は空いていたけど、並ぶのは面倒だから嫌なんだよね~と思う私。

並んでまで食べて、美味しく無かったら嫌じゃない?

これが蕎麦ではなかったら並んだかも…。

でも蕎麦好きな父の娘に生まれて、子供のころから蕎麦を食べていて、小学生の頃には時々、父に蕎麦が上手い店があるらしいと、観光客も来ないような山の中…その前に信州はどこも“山!”ですけどね…その更に山の中へ連れていかれたこともあったりしました。

しかも忘れはしない!店…?やっているかどうかも分からなかったという、その山の中の蕎麦を食べに行ったところ。

もしやっていなかったらどうするつもりだったの?とその時、聞きましたら、やっていなかったら、山を下る途中の集落で、普通の民家で蕎麦を食べさせてくれるところもあるって聞いていたから、そちらを探すつもりだったって…ただそちらの問題は、看板もロクに無いって話だったから、知っている人じゃないと行けない蕎麦屋?だったから、目的の蕎麦屋がやっていて良かったと。

そんな環境下で育っているので、蕎麦には多少煩いのです、私。

お金を出して不味い蕎麦は…まあ金額によりけりですね。

安くてサッと入ってサッと食べられる駅蕎麦は、時々利用しています。

あのレベルの値段だったら、そしてあのレベルだったら、まあ良いかと思える。

でも1,000円以上出して、並んで、不味かったらちょっと許せないのです。

だから安いわけではない店で、並んでいる蕎麦屋は入らない。

信州でも入らないことが多いですね。

だってその辺の観光客が並んでいるからって、その人たちの味覚が私と同じとは限らないから!

信州でも並んでいても入るのは、旨いと分かっている店と、父から教わった店とか、友人でも蕎麦の旨い不味いが分かる友人から聞いた店だったら並んでも入ります。

というわけで、この時は、全く分からない店で、雨の中を並んで入るのはねと断念。

それに薬師寺近くに、イートインが出来るパン屋さんとかあるのを知っていたので、そちらでも良いかとか考えておりました。

 

なのでそのまま薬師寺へ…。

一部作品だけ展示期間延長になった薬屋のひとりごとのイラストなどを見たりして過ごしました。

そして!何回も来て、悩んでいた薬師寺の梅!薬師寺の敷地内の梅を、業者さんに漬けてもらって?売られているのですよ!

因みに普通の梅と、白梅?干した感じのやつと、本当は蜂蜜漬けも存在していたようなのですが、蜂蜜漬けは先々月の時点でも売り切れていたのか売っていなくて、今回も無かったので、普通の梅を購入しました。

薬師寺の梅は、酸っぱいのではなく、しょっぱかった…つまり塩辛い。

材料を見たら、ヒマラヤ岩塩が使われていて、ここは普通に海の塩にして欲しかったなぁと思いつつも、美味しく頂く方法を考えようと、まだ2/3ほど残っています。

梅肉を叩いて、ささみに載せて焼いたら美味しいかも…。

塩辛いので、調味料的に使うのが良いかもしれないです。

 

そう…今回の奈良旅は、漬物だの味噌だの、日本の発酵食品三昧な旅でした!

 

しつこいようですが、雨なので、観光もここまでかなと考え、再び近鉄奈良駅へバスで戻りました。

あ、空腹の食事ですが、結局、イートイン出来るパン屋さん(因みに西ノ京駅へ向かう途中にあります)へは入らずに、そのまま西ノ京駅のバス停へ行き、近鉄奈良駅へ戻りました。


雨だと写真も暗いです(苦笑)



寺巡りはここまでですが、奈良旅はもう少しだけ続きます。

こんにちは。

ただ今、経過観察中の子宮体癌サバイバーで、50の壁と闘うミケです。

 

電気代とガス代の

 

先々月から奈良にはまり、一人奈良旅の続きです。

今回は行ったお寺などの場所メインの記事にしているので、残すところは後2カ所です。

 

 

当初の予定では、長谷寺へ行きたかったのです。

しかし調べると、なかなか行くのが面倒くさい場所にあり、交通手段などが面倒くさいし、徒歩とか足がボロボロで難しいし、しかも雨は降らない予定だったのに、お天気も雨だったのです。

傘、持っていなくて買いました。

 

そんなわけで、いつもは朝から動く私ですが、今回は少しゆっくりと、10時頃とかにチェックアウトしました。

ホテルを出て、駅のコインロッカーへ荷物を突っ込み、前の日に買った2日間乗り放題の奈良交通のバスの券を握りしめ?少し慣れつつあるバス乗り場へ。

何故慣れつつあるって、同じ路線ばかり乗っているからです。

 

本当はお天気が良ければ、長谷寺でなくても平城宮跡とか行きたかったけど、車窓から見るに広大な平原なのですよ。

雨の中を平原に佇んでも、綺麗なお姉さんだったら絵になるかもしれないけど、50のおばちゃんでは寧ろホラーになってしまうかもしれないですよね?!

まあその前に脚がボロボロで、しつこいようですが脚がボロボロ過ぎちゃって、雨の中を佇む元気は無かったのでした。

なので向かった先は、唐招提寺。

先々月から、あれだけ何回も薬師寺へ行っているくせに…この時点で薬師寺へは既に3回行っていたのですよ…なのに!薬師寺から徒歩圏の唐招提寺へは行っていなかったという。

徒歩圏内なのは知っていたのですけどね、先々月の時は、例の薬屋のひとりごとのスタンプラリーで歩き回っていたので、ほんの少しの徒歩でも、その余裕が無かったのでした。

今回は薬屋全く関係ないとは言いませんが、まあイベント参加のために奈良を訪れたのではなく、観光目的…観光だよね?!一応?何か観光っぽくない気もするけど?…なので、唐招提寺へ向かうか!と行きました。

 

到着してバスを降り、拝観料を払って中へ入って思ったのは、「渋い!!!」です。

悪い意味ではないですよ。

薬師寺とかは、多分戦火に焼けたのでしょうね?お寺が新しかったのですよ。

前の日に行った興福寺も建物はキラキラだったし。

でも唐招提寺は建物が古かったのです!

「これぞ詫び寂び!!!」

という感じで、天気が良ければどこかに座り込んで、一時間とか何もせずにぼーっとしたい!というくらいに良い雰囲気でした!!!

唐招提寺…お勧めですよ~!

私、何で今まで近くの薬師寺には三回も行ったのに、その際に唐招提寺へも足を延ばさなかったんだろう?と後悔するくらいに良い雰囲気でした!

 

ここもまずは御朱印をお願いに行きました…ここは確か先に御朱印をと案内していたような?

御朱印の受付の番号札が、花の形で可愛かったです。

そして参拝…する時に、何か檀家さん?か何か、大勢の皆様が集まっている感じがありまして。

何かなと思ったら、今回の私、何か付いているというか、うちわ蒔きという行事のある日でした!

と言っても行事は午後の2時だったか2時半だったかからで、私が行ったのは午前中で、その時間まで待つのはちょっと難しく。

帰りの新幹線の時間は変更できるので、問題無いけど、脚がボロボロの状態で、雨の中を数時間待つとか無理…。

だから折角の行事は見る事を諦めましたが、それでも著名人の手書きされたうちわが多数展示されておりまして。

それはしっかり見てきました。

そして境内、ここも割と広くて、ちょっと時間気にせずのんびり散策させていただきました。





そして今回の私のパターンの一つですが、連続での奈良訪問ということもあり、今回は基本的に自宅以外のお土産は買わなかったのです。

そして自宅用が、奈良漬けに奈良漬けに酒に…ついに唐招提寺では“味噌”を買ってしまいました!

先に言うと、唐招提寺の味噌、旨いです!

ごはんに載せておにぎりとかすると、最高!です!

要するに調理用の味噌ではなくて、ごはんのおかずとかにするような、舐め味噌?というのでしょうか?刻んだ野菜とかが漬け込まれている味噌です。

これ、本当に旨い~!

これを読んでから奈良へ行くかたがおりましたら、唐招提寺の味噌、割とお勧めですよ…ごはんに味噌とか好きな人にはお勧め~

 

そして唐招提寺を散策しながら、次はどうしようかなと考えていたのでした。

こんにちは。

ただ今、経過観察中の子宮体癌サバイバーで、50の壁と闘うミケです。

 

電気代とガス代の

気が付けば半月以上も更新を怠っておりました!

 

先々月から奈良にはまり、一人奈良旅の続きです。

 

 

日本酒を飲んで、ほろ酔いで気分が良くなった後は、興福寺へ行ってみることにしました。

春鹿醸造元から猿沢池までは、地図を全く見なくても行けます。
何せ先月、二回も往復しているので。
なのでまずは猿沢池を目指しました。

 

 

興福寺は、猿沢池のところにある階段を登ったところにあります。
そう…階段を登らなくてはいけないのですよ。
実は前回、気になりながらも目と鼻の先を通りながらも行かなかった原因は、この階段にありました。

前回もですが今回も、奈良の旅は、脚がボロボロになるのですよ。
徒歩移動が意外と多い事や、奈良市内、意外と平坦ではないため、なかなかハードなのです。

そういえば少し話が逸れますが、私が大好きなイタリアの、ローマも別名“丘の街”と言われておりまして、平坦ではない街なのです。
そのローマも、過去、一番歩いた時は、一日で恐らく4万歩近く歩いたかと。
恐らくの理由は、例えば某美術館内とか、スマホを預けなければいけなかった(当時はですが)場所もあり、歩数計の付いたスマホを持たずに歩いていた時間帯もあり、正確な歩数は分からないのでした。
それでもローマを歩き回った時は、間でタクシーも使っていたので、まだマシだったのかなと。
あと年齢?子宮癌になる前だったから、健康も今よりマシだったし。
しかし奈良は、脚にくるのですよ、本当に!
実は今回、凄い違和感を感じた時があり、内心「やばい?!この違和感ってもしかして肉離れ?!攣るのとは別の違和感だから、ヤバいよね?!肉離れなんて起こしたら、病院行きたし当分大変な事になるよ!!!」と焦りまくりで、なので無理は出来ないのでした。

しかし今回は、それなりのまとまった時間をバスで移動したり…もちろん座って…等していたので、脚は辛いことは辛かったのですが、興福寺の時点では、頑張れば階段、登れそう!と思って、興福寺を目指しました。
それにお友達にお勧めもされていたので、お勧めするからには相応のお寺なのだろうなと。

階段の下で「よし!行ける!上るぞ!」と自分で自分に言い聞かせまして、階段を上り始めました。
登り切った時は、流石にちょっと息が上がっていました。
何か凄い行列が出来ていて、何だろうと思いながら見ると、結構広い敷地(というか、奈良のお寺はどこも敷地が広そうで)で、先ずは御朱印へ行ってしまいました。
まあ通常は参拝が先なのですが、お寺によっては御朱印は時間が掛かるので、先に御朱印申し込みをして、待っている間に参拝をと案内しているお寺もあります…鎌倉にもそういうお寺がありました。
だからではないのですが、先に御朱印へ行っちゃいました。

そして!何と!興福寺の御朱印には、私の大好きな“御詠歌”がありました!
御詠歌というのは、多分、大抵のお寺にあるのですが、御朱印で御詠歌を書いてくれるお寺はそれほど無く。
前回と今回の奈良旅で、御詠歌を書いていただけたのは、東大寺の二月堂と、そしてこの興福寺くらいでしょうか。
しかも興福寺は御詠歌が三種類ありました!
御詠歌好きな私としては、御詠歌は三種類全部お願いしてしまいました。
御朱印だけで何千円払った???
というわけで、お願いした御朱印の数も多かったので、今からあちこち興福寺の中を参拝してきたいのですがと、相談し、30分以上経ってから戻ってきて、並んでいても声を掛けてと言われ、参拝しに回り始めました。

一つ残念なのか、運が良かったというのか、興福寺は五重塔が大改修の為、徐々に目隠しで覆われつつありました。
まだ完全には覆われていなかったのを運が良いと取るのか、だから拝観も出来ないのを運が悪いと取るのか…回収が終わるのは7年後だったか8年後だったか…私、元気で生きて居るかな?と内心思いながら、もしも元気に生きていたら、また見にきたいなとか思いました。

ここの博物館?には、あの有名な阿修羅像があるそうです。
でも実は私は脚が持たなくて、阿修羅像は諦めました。
御朱印を頂くところのすぐ斜め前にある南円堂と、そして中金堂にある国宝の四天王像を見に行きました。

四天王像、流石!国宝だけあって、とても趣があって良かったです。
ここでは、五重塔の改修などについて、そこに居たお寺の方に、少々質問をしましたら、写真を撮るのに良い場所…中金堂の外の端のところから撮ると、五重塔から国宝館?まで入るとか、色々教えて頂きまして、本当に親切でありがたかったです。
それに実はこの日、薪能もあり、当日券でも残っていれば見られると教えて頂きました。
当日券、あったのですが、それまで散々、御朱印を中心に散財していたのと、そこから2時間ほど待たなくてはいけなかったので、薪能は泣く泣く諦めました。
でも本当に色々親切に教えて頂いて、ありがたかったです。

そしてこの後、脚がかなりヤバい状態にもなってきたので、早めにホテルへ行って、早めに寝ようとまずは荷物を放り込んである駅のコインロッカーへ向かいました。
あ、脚がヤバい状態だったのもあって、阿修羅像は諦めたのでした。