去る12月22日、新宿ANTI-KNOCKで開催されたイベント『BUILT TO LAST』に行ってきた。このイベントはBLINDSIDEとRUTHLESSという比較的若い世代のハードコア・バンド2バンドによって企画されたもので東京を初めとする関東圏から東は東北・仙台、西は大阪まで総勢10バンドが参加して開催されたものだった。当日は途中入場だった為にMIDGARDSORM、FORLIFE、DeadSoulsの3バンドは観る事ができなかったのだが、会場入りした時にライヴの真っ最中だったFAKECOUNTからラストのBLINDSIDEまでライヴ・パフォーマンスからMCに至るまで、出演したバンド各々が各自の個性を発揮し、観る側としても理屈抜きに楽しめた素晴らしいイベントだった。
このイベントを通じてハードコアという特定のジャンルに限らず、昨今の音楽シーンが直面している状況・情勢についても考えさせられ、啓発されるものが多々あった、個人的にも収穫の多いイベントだった。
会場に到着すると東京出身のポップパンクバンド、FAKECOUNTのライヴが後半に差し掛かったところだった。このバンドは初めて観たのだがバンドのプロフィールを見ると米国のキッド・ダイナマイト等をフェイバリットバンドに挙げているが、確かにキッド・ダイナマイトや米国のポップパンクの急先鋒だったインディペンデント・レーベルのルックアウト系バンドのような活きの良いラフでメロディックな楽曲を中心にエネルギッシュなパフォーマンスを披露した。
続いて仙台出身のBREAK OF CHAINが登場。メタリックで重厚かつメロディックなギターサウンドで声量十分なフロントマンを中心に協力なパフォーマンス&プレイで圧倒的な存在感を発揮していた。途中に披露した木訥なMCもパワフルなステージの印象と妙なギャップがあって面白かった。規定のセットメニュー終了後、米国のOiバンド、アイアン・クロス(アグノスティック・フロントのカバーでも知られる)の『クルシファイド』をプレイしたが、彼らの音楽的ルーツを垣間見る思いがした。
BREAK OF CHAIN's official profile
※仙台出身のハードコア・バンド、BREAK OF CHAINのMySpaceオフィシャルサイト。

続いて横浜のFIGHT IT OUTはいつも通りの全力パフォーマンス&プレイで会場人気はやはり一番だったようだ。この日はライヴ開始直後にボーカルのYang氏が照明スタッフに客電を点けるようリクエストし、煌々と蛍光灯も点った明るい中、熱いパフォーマンスが繰り広げられた。これは彼らが常日頃主張するバンドも観客も同一線上に立ってライヴ空間を共有しようというメッセージが込められていたのかも知れない。
出順6番目はこの日の主催バンドの一つでもあるRUTHLESSた。このバンドが気になったのはバンド名が米国西海岸のヒップホップ・レジェンド、N.W.A.のリーダーだったラッパーのEazy-Eが立ち上げたインディペンデント・レーベル、RUTHESSと同名だった事だ。またこのバンドのフロントマンであるdiesk03氏のブログのプロフィール欄には"Easy-D"というロゴマークもアップされており思わずニヤリとさせられる。ライヴはリラックスした雰囲気で進行し、女性客数人から歓声が上がると酒が入って上機嫌なdiesk氏は「黄色い声も身内ばっかりか。」と自嘲気味に呟く一幕もあったが、終始フレンドリーなパーティー乗りでかなりのハードコア・マニアの彼ららしいバラエティー豊かなスタイルのハードコア・ナンバーを軽快にプレイした。diesk03氏はINTERACT RECORDという自身のレーベルを運営しており、RUTHLESSのデモ初め国内・国外問わず様々なハードコア・バンドの音源やマーチを取り扱っている。またこのレーベルのロゴマークが先のEasy-Eを含むN.W.A.のメンバーがそのマーチ・アイテムを好んで身に着けていた米国NFLのプロフットボールチーム、オークランド・レイダースのチーム・ロゴをモチーフにしたものだったので再びニヤリとしてしまった。
DemonDayz
※東京出身の新進気鋭のハードコア・バンド、RUTHLESSのフロントマン、diesk03氏のブログ。「田吾作ハードコア」と称して世界各地の知られざる辺境のバンドを紹介するコーナーが面白い。プロフィール欄から彼の運営するレーベルのINTERACT RECORDのサイトへもリンクできる。

続いて登場した東京のハードコア・バンド、CREEPOUTのライヴを体験したのはこの日で3回目だったが、いずれも素晴らしいショウで個人的には大好きなバンドだ。ボーカルのQUNIHYDE氏は地声が1980年代のニューヨークのハードコア・バンド、例えばジャッジのマイク・ジャッジやボストンのSSDのスプリンガのような声質で、熱血直情径行型の熱いハードコア・サウンドをプレイするバッキングと見事にフィットしている。この日はNUMBのSENTA氏やヒップホップ・グループMEDULLAのMC、ILL-TEE氏、元GUERILLA CROWZというバンドのボーカリスト等、彼らの盟友が飛び入り総出演で実にキレの良いパフォーマンスを繰り広げた。西東京出身という絆で結ばれた彼らがステージ上でお互いに「ブラザー」と呼び合う由縁は伊達ではない。
kunihydeのブログ
※西東京ハードコア、CREEPOUTのフロントマン、QUNIHYDE氏のブログ。

トリ前には大阪出身の5人組ハードコア・バンドのRUNNERが登場した。彼らを観るのは勿論これが初めてだったのだが基本的にはヘヴィなサウンドながらどの曲も細かいアレンジがなされ、ここ十年程の間に新たに出現した様々なスタイルのハードコア・バンドのエッセンスが詰まった美味しいトコ取りのモダンなサウンドだった。ボーカルのMCは非常に真摯な態度でイベントを主催した2バンドや他の共演バンド、そして来場した観客への謝意を述べていた。彼らは今年5月にファースト・フルアルバム『voices』をリリースした。
Music Revolution ISHIZUE BLOG
※ハードコアやメタルコア等のアイテムを扱っている大阪のショップ、isizueのブログにてRUNNERのアルバム"voices"が紹介されたポスト。

そしてこの日のもう一つの主催バンドであるBLINDSIDEがトリを務めるべくステージに登場した。彼らを観るのはこの日が2度目で、実は初めて観たのが今年2月の同じ新宿ANTI-KNOCKのあるイベントだったのだが、荒削りながら各プレイヤーが思い切ったアタックの強い演奏で目を引くものがあって気になっていた。その後は8月に開催された"BLOODAXE FESTIVAL 2012"等、何回か彼らの出演するイベントに足を運んだのだが途中入場した為、会場入りするといずれも彼らの出番が終わった後で(彼らは概ね出順トップだった)、ついぞ観る機会を逸してしまっていた。それがこの日は自らの企画するイベントで大トリを務めるという事で、僅か数ヶ月の間にバンドとしてもハードコア・シーンのオーガナイザーとしても彼らの成長が感じられた場面だった。フロントマンのタケシ氏のリラックスした緩めのMCを挟みつつ緩急自在のハードコア・ナンバーを次々と披露、さすがにそれまでの出演バンドのライヴで散々モッシュダンスした観客は体力が残っておらず会場全体が「モッシュの嵐」という訳には行かなかったがバンドのパフォーマンス&プレイやMCに込めた真摯な主張等、2月に観た時とは比較にならない程の存在感があった。締めのMCでも主催バンドの立場からイベントの総括、そして出演バンドや関係者、観客への感謝の意を表し、また観客各位に会場売りしている各バンドのCDやマーチの購入を呼び掛ける等、これまで陰に日に彼らをサポートしてきた先輩バンドでシーンの重鎮でもあるLOYAL TO THE GRAVEのコバ氏譲りの穏当なものだった。こうして若い世代が先達の一挙一動を身振り手振りを真似ながら身に付け、ハードコア・シーンというものが世代から世代へと着実に受け継がれていくのだろうと、何となく感慨深い思いに駆られた。
BLIND SIDE's official profile
※このイベントを主催したBLINDSIDEのMySpaceオフィシャルサイト。来年には活動歴5年の集大成として初のアルバム(11曲入り)をリリースするとの事。期待したい。

この次代を担う若い世代のバンドが一念発起して企画したイベントを体験してみて、改めて新たな時代の音楽シーンの在り方等に思いを馳せてみた。
話は飛躍するがここ数年、音楽産業全体でCDを初めとする、所謂パッケージソフトの売上高の減少が深刻化している。これはiPod等の携帯型デジタル音楽プレイヤーの普及に伴う音楽配信システムの普及や合法・違法を問わずインターネット上で様々な音楽無料DLサービスが開始され、音楽コンテンツそのものの供給システムが大きく変わってしまった為だ。こうした流れに最初に注視するようになったきっかけは今から5年前に米国のアーティスト、プリンスが新作アルバム『プラネット・アース』を英国の新聞『デイリー・メイル』紙の日曜版『メイル・オン・サンデー』の付録として添付し、作品の正式リリースの前にCDを無料配布してしまうという大胆な試みを行った事だ。
アルバムを無料配布したPrinceの戦略(1)WIRED.jp
※米国のデジタル・コンテンツ・カルチャー誌『WIRED』のウェブ版に2007年7月17日に配信されたプリンスのCD無料配布に関する記事。

上掲の記事の冒頭にあるように「デジタル時代に価値を失うのは楽曲そのものではなく、そのコピーだという認識だ。コピーの価値が低くなればなるほど、オリジナルの価値が高くなる。」という認識は画期的だった。プリンスは「このデジタル時代に価値を失いかけているのは楽曲そのものではなく、そのコピーだということを認識しているためでもある。アルバムは、発売から時間がたつほど、友人のCDにせよ、見知らぬ他人の共有フォルダにせよ、リスナーがコピー源を見つける可能性が高くなる。だが、そうしたコピーの価値がどんどん低くなれば、最終的にはオリジナルのみが価値を認められる。」と考え、プリンスの作品の配給先であるソニーBMGは英国での発売を中止し、「新聞の呼び物としてアルバムを無料配布すれば、音楽の価値を確実に下げてしまう。」等の小売店側の反発に遇いながらもこの企画を断行、結果としてこの後に英国で行われた21回のコンサートのうち、15回は発売から1時間以内にチケットが完売した。コンサート会場だったO2 Arenaの収容人員は約2万人で、もし残りの6公演も完売すれば、総売り上げは2,600万ドルを超えるという。『メイル・オン・サンデー』は300万部の発行部数を誇るが同紙の宣伝費として計上されたいくばくかの金額によりプリンスはアルバムの制作費を賄い、同紙の付録CDをコピー商品ではない最高の「オリジナル」であるライヴ・パフォーマンスを提供する自身のコンサート・チケットを「売る」為の宣伝素材にしてしまったのだ。
個人的な体験を踏まえると僕が音楽業界に足を踏み入れた1980年代はCD(レコード)等パッケージ・ソフトを売る為にアーティストやバンドはコンサート・ツアーを行うとう、言い換えればライヴはパッケージソフトの販売促進活動の一環という認識が一般的だった。プリンスの一連の戦略はそうしたかつての音楽ソフトとライヴという商品の関係を主客逆転させてしまったものであり、デジタル時代のアーティスト活動のあるべき姿を予見するものだった。
次にこの日本での音楽ソフトの急激な売り上げ減少に関する記事がアップされている『livedoor NEWS』の『日刊サイゾー』配信記事を紹介する。
「完全に終わった」 沖縄ブーム終焉でオレンジレンジが苦境に
※沖縄出身のミクスチャー系バンド、オレンジレンジのCDアルバム売り上げの減少を伝える『日刊サイゾー』2009年9月6日配信記事。

これは沖縄出身のバンド、オレンジレンジが2009年8月にソニーミュージックエンタテインメントからリリースしたアルバム『world world world』が発売直後、初動の段階に於いて4万枚強のセールスしか上げられず、2004年にリリースしたセカンドアルバム『musiQ』が200万枚を超えるセールスを記録したのに比べると僅か5年足らずの間に1/50まで売上枚数を減らしてしまったという事である。この記事は「沖縄出身のバンドブームの終焉」という視点に立ったものであるが、これは音楽ソフトの売り上げ不振という音楽産業全体の傾向を象徴的に伝えたものだ。
オレンジレンジの事例も含めて日本ではここ数十年、大衆音楽~ポピュラー・ミュージック(最近は「J-POP」と総称される)はずっと大手のレコード会社とプロダクションによって先導・支配されてきた。それがインターネットの普及を筆頭とする昨今の音楽産業を取り巻く環境の劇的変化により、旧来のシステムそのものが瓦解し、全てに於いて未曾有の局面に直面している。
この一年程、個人的にハードコア・バンドのライヴやイベントに足を運ぶうち、そうした思いは更に強まった。特に先述の東京のハードコア・バンド、LOYAL TO THE GRAVEのコバ氏の発言やライヴでのMC、そして彼らの動き方そのものからメジャー、アンダーグラウンドを問わず新時代のアーティストのあるべき姿というものが朧げながら見えてきたよいな気がするのだ。去る11月10日に渋谷のライヴスペース、THE GAMEで開催されたイベント『Amp×Loud Vol.2』にLOYAL TO THE GRAVEが出演した際のライヴ中にコバ氏がMCで語った内容は示唆に富むものだった。「もうこれからは音源(CD作品)を出す事だけがバンドの最終ゴールじゃないんだ。俺達は今年米国のEulogyレコードから新作アルバムをリリースして一つの目標を達成した。この後12月には米国でツアーをやるけどそれが終わったらまた新たなテーマに向かって進んで行く。これからはバンド各々がそれぞれに目標を定めて突き進んでいかないと(ダメだ)。」と。まさにその通りだ。音楽業界のインフラ自体が解体されつつある、混沌として活動テーマを見付け辛い時代だからこそ、かつてのようにレコード会社やプロダクションの敷いたレールに乗るのではなく自らが道を切り開いていかなければならない。そしてアーティストやユーザーにとってもCD等のコピー商品としての音楽ソフトだけでなくプリンス曰く、ライヴ・パフォーマンスという究極のオリジナルが益々価値を高めて行くだろうし、ライヴ以外ではマーチ等の関連商品の売り上げがアーティスト活動をグレードアップさせる経済的基盤として更に重要視されるようになるだろう。そして今後の音楽シーンを活性化させる為にはこのイベントを企画した2バンドのような若い世代の活躍が必須要件である。
D.I.Y (Short Hardcore Documentary)
※昨今の若い世代のハードコア・バンドのライフスタイルや音楽シーンに対する取り組み方についてインタビューを中心として編成されたたドキュメンタリー。ヴェガン・ライフスタイルを標榜する英国マンチェスターのレコードショップ、V Revoution、同地のハードコア・バンド、Broken Teeth、オランダのレーワルデン出身のCornered、米国ニューヨーク州ロングアイランド出身のBacktrack、米国カリフォルニア州ロアート・パーク出身のCeremony、同じくロサンゼルス出身のRotting Outのメンバーが登場。