少しだけ札幌を離れて
祈りに来ています.
「祈り」っていうのは
人にだけ与えられているもののように思うんです.
僕も祈ります.
クリスチャンだから,牧師だからってだけじゃなくて,
そこから力をもらい,また自分自身を探るためにも
祈りって必要.
呼吸にも,普段ほとんど意識しない呼吸と
特別な時の深呼吸があるように,
祈りにも,特別に祈るべきときってのがあるように思う.
僕はそうやって祈ることがそんなに得意じゃありません.
祈りより,なんかやりたくなっちゃう.
集中がきかなくなっちゃう.
だから,ときどき半強制的に自分を祈りの炉の中に
放り込むことが必要なんです.
新鮮な空気を肺のなかにある細胞の一つ一つに
ゆっくりと行き渡らせるように時間を使い,
的の中央をよーく狙って射るように集中力を研ぎすまして.
そうすると,
自分の中の眠ったチャンネルが
静かに開いてくるみたいな・・・
完全に抽象的・・・かな
ま,そういうときもありますよね.

