さてさて。本曲輪跡を回るとします('-^*)/!!

読みづらいけど、本曲輪の構造はこんな感じです(・∀・)

ここは倉庫、もしくは番小屋機能を持つ建物の復元。
ここまでは立派ではなかったことでしょうけど。。。

規模・位置は違えども、
本曲輪の往来できるスペースは写真より少し広い位の広さだったのでしょう!!

狭間に一人一人の兵が付き、
後ろに数人の補充要員を置いたらいっぱいいっぱいな感じですね。。。

ここが高根城で一番大きな建造物で「井楼櫓」です。
全て木で出来ており、まさに往年の姿!!という感じです!!

実物は誰も見たことないけどね(・∀・)

扉をガチャガチャしてみたけど入れなかったので、
残念ながら上には上がれない様です(´・ω・`)。。。

井楼櫓のすぐ横の建物に「のろしリレー会場」との看板が!!

浜松の山の小城は多分皆高根城の様なお城だったと勝手に推測して、
そのお城達が狼煙リレーをして、浜松城まで状況を報告していた!!
と想像すると、なんかゾクゾクしますねヽ(゚◇゚ )ノ!!

本曲輪を囲う土塁です。
保存の為か、表面はコンクリートかなにかで加工されています。

でもとてもしっくりくる形で保存されていますね!!

本曲輪から二の曲輪を見てみます!!
後続の見学の方々が来ていました(^O^)/!!

遠くから曲輪に人がいるのを見ると、
なぜか兵に見立てて曲輪や柵の大きさを比較して想像してしまうのは僕だけ(・∀・)??


向かいの山々のお家もよく見えて、はしごを降りるのが怖いです。。。

山の上のお城というのがよくわかりますね(・∀・)

小さくかかる木の橋を渡るとすぐに本曲輪南下の段の裏虎口門があります。
さぁ、門をくぐってみましょう('-^*)/!!

とても簡素な造りの門になっています(・∀・)。

だけど逆にいい!!雰囲気出てるo(^▽^)o!!

壁の色も純白ではなく土色!!
狭間が居並ぶ様子が攻撃的ですね!!

虎口です('-^*)/。
門から崖側に入ってきて左へ曲がり、すぐまた左へ曲がり、また左へ曲がって坂を登る感じ。

本曲輪に上がってきました!!
右手には二の曲輪。左手に虎口門があります。

こう見ると本当に「土で成る」と書いて「城」と読むのがわかる気がします(・∀・)!!

高根城主奥山氏4代の名が刻まれた碑があります。

土塀の内側にももちろん入ることができますヘ(゚∀゚*)ノ。

要所には土壁があって、普通の場所には木柵と使い分けているのですね!!

これは狭間を覗くしかありませんね|゚Д゚)))チラ

裏虎口門手前の木橋を渡る敵兵を狙うことができます(°∀°)b !!

細い橋で敵軍は1列に進まざるを得なくなり、
そこを横から撃たれたら敵兵は倒れて詰まって進軍速度も低下。

少数の軍勢で籠るには最適な造りをしている様に感じられますヽ(゚◇゚ )ノ。


「高根城」は河内川が水窪川に合流する地点の自然の地形を利用して築かれました。

15世紀前半にこの地を治めていた「奥山氏」の築城と言われています。

まずは「高根城縄張図」です。

この縄張図の一番左の「城外」から入っていきます!!




この階段を降りた所にある木の橋(写真左上)は当時はなかったそうです。

現在あるこの木橋を歩いていると。。。

大きな堀切と土塁を真横から確認することができます!!

遠江の最北端に位置する高根城は南北朝時代の1414年に
後醍醐天皇の孫を守護する目的で、
地元国人領主「奥山金吾定則」によって築かれたのが始まりとされています。

戦国期に入り今川氏が勢力を伸ばす中、奥山氏は今川氏より知行宛や知行安堵を得ており、
今川氏の武将として組み入れられ、遠江北部の大半を支配下に置いていたそうです。

ところが1560年の桶狭間の戦いの中、今川家当主義元が討たれてしまいます!!
そして北からは甲斐の武田氏が。西からは三河の徳川氏に挟まれてしまいました!!

奥山家内では今川氏にそのまま従うか、武田氏に組みするか、徳川氏に従うか。。。
そんな抗争が勃発します!!

遂に1569年信州遠山郷の遠山土佐守に攻め落とされ、武田氏の配下となりました。

その後遠江北端の武田軍の拠点として整備され改修されました。

発掘調査の結果に基づき、平成13年に復元整備が実施されて、
戦国時代の山城の姿を現代に蘇らせています!!

天守閣なんてとんでもない!!
高根城にある一番大きな建造物はこちらの井楼櫓(せいろうやぐら)!!
逆にリアリティーがあり、当時の感じを思い浮かべることができます。

ここは「三の曲輪」です。
塀ではなく、木枠で囲われているのが「見せる城」というよりも「戦う城」という感じがします。


木の柵列から堀切を見下ろしてみます。

後ろに振り返って見てみると、更に高い所に「ニの曲輪」があります。
昔は三の曲輪のこの手前から二の曲輪まで橋が通っていたそうです。


では三の曲輪からニの曲輪に向いましょう!!
自然の地形を利用しているのがわかりますね('-^*)/
ちなみに今立っている場所は幅1,5mの土橋です。

三の曲輪と二の曲輪の間の堀切です。
この上を通るように橋がかけられていたのですね!!
斜度45°で登るのが大変な造りになっています。

土橋脇にあるこの階段(はしご)を登っていくと二の曲輪があります。
このはしごはとても急で、高所恐怖症の僕は少し怖かったです(´・ω・`)

だって下は崖だし、下界に町が見える高さなんだし!!

二の曲輪に登ってきました!!
三の曲輪から2~3mもの高さから見下ろしてみました('-^*)/!!

トイレを撮ったんじゃないぉ!!
縦堀だぉ(`・ω・´)!!

二の曲輪から本曲輪南下の段の裏虎口の門です!!
簡単な造りをしている門ですが、なんか雰囲気が出ています!!

二の曲輪からはしごを降りて行ってみましょう('-^*)/



静岡県浜松市天竜区の水窪(みさくぼ)に来ました!!
なんと浜松市街地より車で約2時間かかりました( ̄□ ̄;)。。。

遠いよ~。。。
こんな遠くなのに同じ浜松市というのにビックリです!!

ここ水窪は長野県と隣接しており、今でも毎年領土の取り合いをしているのです!!



綱引きで(・∀・)!!



毎年1メートルの領土が綱引きによって決められ、
国境が毎年動いているそうですw川・o・川w!!

水窪は「塩の通り道」の途中なのですね!!

この縦断は車でも大変そうです!!
水窪まで2時間。。。諏訪湖まで更に倍。。。倍率ドンorz。。。

んでやってきましたのは「高根城公園」でございます!!

塩の通り道である交通の要所にある重要なお城です!!

遠い遠い言ってるけど、どれくらい遠かったって言うとこれくらい!!

掛川よりも遠いのです(´・ω・`)。。。

高根城公園案内図です。
現在はお子様方の憩いの場になっています。


長い長いお尻の痛くなるローラー滑り台もありますよ('-^*)/!!


細い道を進んでいくと。。。

何かがあります!!
木製の人工物です!!
いよいよたどり着いた模様です!!高根城に!!


高根城(別名 久頭合城)
静岡県浜松市天竜区水窪にある、遠江と信濃の国境警備のお城です。

2国を結ぶ主要街道を見下ろす様子を撮りました。