当時から残る石積みを横切ると、そこには徳川家の紋である「葵の紋」のついた扉のある、「胞衣塚(えなづか)」があります。


こちらは1574年に於義丸(秀康)がこの中村家で生まれたとき、母親である「お万の方」が出産時の胞衣を埋めたのが、この胞衣塚です。


こちらの五重の塔は、江戸日本橋に住む「中村清兵衛」から海上輸送により贈られたものだそうです。

なにやら鬼瓦に書いてあった年号と同じ、貞享5年(1688年)と書いてあるので「改築祝いで贈られたものなのでしょう。。。」と、屋敷内を説明をしてくれた方が教えてくれました。


この胞衣塚に植えてある梅の木は、元々は徳川家康のお手植えで、数代を経て現在に至っているそうです。


1884年に越前松平家一門家が、塚の由来を記した胞衣塚碑を建立しました。

1980年に雄踏町の指定文化財にしていされました。


こちらが胞衣塚の奥にある茶室です。

時々こちらでお茶会などが行われているそうです。


まさかこんな近所に有名人の生家があるとは思いませんでした。

正直今まで「静岡県出身の武将」って誰よ。。。

家康さんは愛知だし、山本勘助さんも富士と言われつつやっぱ愛知だし。。。

やっと「静岡出身の武将っていえば??」と言われて、自信を持って言えます!!


結城秀康である!!と。。。