流雲爽空風流記


現在は西の丸にいます。

畝掘に囲まれた西の丸は鉄壁の守りをしています!!


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西の丸入り口です。

アップダウン激しく、入り口の真ん中でワランビ君がうな垂れてます(笑)!!

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現在は櫓などの復元建築物は無く、芝生が敷かれた広い空間になっています。

しかし、ただただ広い空間になっているだけではなく。。。

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結構な傾斜になっているのですΣ(゚д゚;)!!

傾いているのがわかりますか?

こんなに傾斜しているのには訳があるのですが、それはまた後ほど('-^*)/。。。


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西の丸から西櫓を見てみます。

西櫓は「角馬出(かくうまだし)」の機能があります。

後北条氏の馬出は、形が四角いので角馬出と呼ばれ、対して甲斐武田氏の城では、馬出の土塁と堀を丸く作っており、「丸馬出 」と呼ばれ、堀が円弧を描くので通称「三日月掘」と呼ばれています。


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馬出は防御する時は西の丸の虎口を中心に、攻撃に出る時には堀の外側の西櫓を起点とする。

この西櫓(馬出)の築造によって、攻める機能と守る機能が明らかに区分されました。


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西の丸をそのまま降りていきます。。。

と、そこにあるのは。。。


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溜池(貯水池)です。

付近にある山田川の支流の谷がここまで延びてきていたものを盛土によって仕切り、人工の土手を作って深い堀としたものです。

先ほどの西の丸の傾斜の意味がここにあり、雨が降ると西の丸の自然な傾斜により排水され、この溜池に流入する仕組みになっているのです!!


西の丸だけではなく、本丸、北の丸などの堀の水も集まるようになっており、貯水への異常な努力をうかがうことができます。


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溜池を上に登って行くと北の丸堀があり、深い堀が続いておりアップロード。。。
深いだけではなく幅も広く豪快!!

400年の歳月で堀底を2m以上埋まってしまったそうなので、築城時は現在よりも更に要害だったであろう!!

当時は写真の様に杉の木など生えていなかったはずなので、この豪快な堀を見た敵兵は後退りしたことであろう!!


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三の丸に着きました!!二の丸を通り越してしまったようです(-"-;A。。。

三の丸は、天守櫓に次ぐ第二の高地に位置し、面積が1920㎡の長方形の形をした曲輪です。

一般に曲輪の重要度は、他の曲輪よりも天守櫓により近く、より高い位置なものと言われています。

この点からも北の丸の重要度が高かったことがわかります。

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現在地の所が北の丸です。

現在は本丸側以外の周囲を土塁で囲んであり、本丸との間には木製の橋が架かっています。


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