「組織」とはなんだ?

 

 

そんな単語は教科書で見たくらいでナンノコッチャわからん。

SAMPOという会社を僕は経営しているらしいことが最近分かってきたので「組織」なるものを考えて見ることにする。

いい機会だ。

 

SAMPOの常套手段 ZOOM IN & ZOOM OUTでも使うか。。。

 

まずは都市から思考してみることにする。

一旦コーヒーを入れる。

ガリガリ

 

ジョーー

 

……

よし始めよう。

 

SAMPO内で都市について考えるときに「玉ねぎレイヤー構造」という表現を使う。

都市はレイヤー構造とよく言われるが、実際にはティラミスみたいに上下などの概念は存在せず外と内という軸が基本因子となる。 

 

 

 

 

この構造は社会にも当てはまるし個人の意識レベルでも当てはまる。

各レイヤーはそれぞれ不透明だったり真っ赤だったりいろんなパターンのマテリアル感があるのだがスルスルとそれを通り向けられる眼を持っているかどうかがSAMPOとしての素質が問われるところだ。

 

 

 

「遊べ」

 

 

 

耳の横にあるつまみをひねる。

 

カッ……カリカリカ..

 

 

 

 

 

そのチューニングをして初めて玉ねぎの一番表面からでも中心の方まで自在にフォーカスを透過、固定することができる。

満員電車に揺られるサラリーマンがよく引き合いに出されるが、それは彼らの”マジョリティと共通項の多い人生”の一場面を切り取ったに過ぎない。

 

そんなことじゃまだフォーカスが甘い。

 

もちろん僕たちも満員電車に乗れば客観的にはその一員となるが電車のドアが開いた途端にそれぞれ好きな場所、人へ向かって歩き出す。

 

一人は中学時代から組んでいるバンドの練習に下北沢に行くかもしれないし、また他方では明日の結婚式の下見に行く28歳の女性かも知らない。

 

なんならその女性が持っている合皮のカバンがいつもどこにしまわれていて、久しぶりに外に出たその表面がバタフライエフェクト的にどんな風に蠢いているかまで観察したいところだ。

 

まあいい。

 

話を戻すと、トップダウンのパブリックなライン(駅前の広場、公共交通機関etc)は玉ねぎの表面に位置し表面に降り立った人々は各々自由に社会、自分の意識内の玉ねぎの外と内を行き来できるエレベータへと乗車する。 

 

ぐーーーーん     ピポン!!!

 

 

 

 

そして、それぞれの個人による都市のアクティベートが始まる。

ある程度潜ったところで都市と意識の水平方向の移動をする際に「歩く」という技を使うのだがそれは後述。

(知りたい人は工作舎「遊」-歩く- のPARTS LOVEを参照)

 

 

人はこの巨大な無意識でできた社会に関与する際、細分化された組織(会社等)に属することで腰をおろして社会を眺める椅子を手に入れる。 

 

 

そうでもしないと自由にやっていいよと言ったところで相手が巨大過ぎて何から手をつければいいのかわからない。(学校に規則があるから不良たちは独自の文化を作る)

 

 宇宙スケールから都市、家、服、肌、意識までをズームインズームアウトしてみると単体に見えたものが実は次のレイヤーでは何かの群に属しているということは多々ある。

 

 

 

 

もちろんそれは人間のレベルでも同じで昼は会社員、夜は渋谷の地下でDJという人ももちろんいる。

東京は都市も人間も内向きのベクトルが強めなので都市と個人のレイヤーの行き来が析出することが少ない。

それが東京の面白み。(アムステルダムが最高につまらないのはなぜか。)

 

最近はまたぎサラリーマンなどもメディアに取り上げられたが、それはわかりやすい例でもっとカジュアルに誰もが複数の組織に属しているはず。

新しい組織やライフスタイルを提唱する側としては他者の内部にある玉ねぎに薄い層を加えてあげるという意識が必要だ。

慎重に表皮からメスを入れよう。 

 

 

 

 

気づかれてはダメだ。

つまり「お金は必要ない」と言ったり「不動産はダメだ」と言い切るのはのは違うということ。

せっかくオペをして定着しそうな薄ピンク色の新しい層が拒否反応を起こす手助けをしてしまう。

(ピッピっぴー~「先生!!!!レイヤーショックです!!!」)

 

 

 

オペ後の層がその人のルーティンに癒着するのは何もしないと一年後かもしれないし、三年後かもしれない。

しかし、あることを行うと癒着する期間が短くなることを発見した。

 

僕たちはモバイルハウスを製作するワークショップを開催しているのだが、誰かがワークショプを始めるとその友人やSNSで呼びかけた人たちが手伝いに来てくれる。

一つのモバイルハウスを一週間で素人が完成させるというのだからなかなかハードで夜遅くまで作業する羽目になる。

(よし今回も引っかかってくれたな SAMPOの薄笑い)

すると疲れた僕たちは風呂に入りたくなるし、ご飯も食べたくなる。

 

 

そこで「まち」の登場。

 

 

 

 

幸いにも作業場に風呂は付いておらず、自炊もできない僕たちは外食をする。

風呂は徒歩10秒の場所にある銭湯。

ワークショップで出た廃材はそこの銭湯で燃やされ熱湯となって出てくる。

下町の銭湯はクソ熱い。

多分カップラーメンができるくらい熱い。

 

「熱い熱い」と騒ぎながら唯一ぬるい薬草の湯に明らかにキャパオーバーの人数が入ったところで今日初めて顔を合わせた全員で”話す”。

 

風呂から上がれば縁側でタバコでも吸いながら”話す”。

 

銭湯を後にすると火照った体をスケボーで冷やしながらいつもの韓国料理(済州島)に行って日本語が片言のオモニと”話す”。

 

何を話してるか覚えてないが些細なモーメントの中にごちゃまぜのレイヤーの人間が存在する。

その事実がある種の組織としての無意識を形成する。

もちろんそこに契約書はない。

そんなことを続けていると一人倉庫の中二階に住み着いている奴がいた。

確かあいつはあの時手伝いに来てたホストだよな?なんて思ってると彼の名前も知らないことに気づく。

「ヒデ」

でも一日だけ手伝いに来てたはずが友人のモバイルハウスが完成すると、彼は次のクライアントの作業も手伝い始めた。

そして今「ヒデ」は僕たちの組織に緩やかに加わった。

 

 

緩やかに

 

 

人間は初めて顔を合わせた瞬間からモーメントを共有するごとにお互いの玉ねぎ同士を擦り合わせていく。

ふと気づくと相手のレイヤーにいくことができるようになったり、自分の中にそのレイヤーを取り込むことも可能になる。

重要なのはソファに共に沈むことかもしれないし、酔っ払って一緒に散歩することかもしれない。ただ言えるのはこれからの組織の根底には「給与条件」もないし「福利厚生」も「束縛」もない。

組織のコアに自分の人生を投げ出す革命児がいればその外、そのもう一個外には緩やかなつながりで群が析出していく。

塩水を薄い金属トレーで加熱する感覚。

 

人為的な操作