先回のブログで、こんな問いかけをしました。
さて、さて、
わたくし・・・
芸術にほぼ、無知であります。
すぐに名前が出てくるのは、モネとゴッホとピカソくらい。
現代ではアンディ・ウォーホールくらいでしょうか。
ずっと以前にこんなコラムを読んだことがあります。
「『芸術』の定義はない。『芸術』とは、あなたがそれを『芸術』だと認めた作品が『芸術』になる。」
当時は、意味があと一つ分からず、首をひねった記憶がありますが・・・
また こんなコラムも記憶に残っています。
「広く知れ渡った芸術作品にはある共通点がある。それは、あなたにも『その作品が創れるかもしれない』と思わせることだ。」
確かに、
歴史に名を刻んでいる絵画の巨匠、ピカソの絵は、
「幼稚園児のときに描いていた絵に似てるわ~」
と思わせるし、
日本文学史に名を遺した正岡子規の俳句は、
「これだったら、自分も詠めるかも!」
と思わせますね。
では、一体、誰が価格を決めているのでしょう。
それは、間違いなく買い手である私たちですよね。
その作品を気に入り、どうしても所有したいと思った時、自分が払える額の値段で所有する。
ゴッホの”ひまわり”は、1987年にどうしても所有したかった日本企業によって、53億円で落札され、
その作品の価値は53億円になりました。
この流れでいけば、
このバナナアート、「コメディアン」は、
アウリツィオ・カテランが、「芸術」であると認め、マイアミのアートバーゼルに出展した。
フランス人収集家が、それを気に入り、$120,000で所有した。
↓
そして、その作品の価値は、$120,000になった。
おまけに「私にも創れるかも!」という気持ちを起こさせ、真似をする人が続出した。
SNSで世界中に広がり、アートとは何かを万民に問いかけた。
CNNのインタビューの中で
1300万円のバナナを食べたアーティスト、ディビッドが、
「あなたは、お金があったらこのアートを買いますか?」
という問いに
「はい。アイデアは買います。アイデアに1300万円を払うのは普通です。」
と最後に答えてました。
あは~ん!
そこで納得。
人は、芸術作品にお金を出すのではなく、そこに込められたアイデアや概念といった目に見えない世界(作品)にお金を払うのですね。
そして、それは結局、アートに限らず、ありとあらゆることにいえることかもしれません。
人は見えないものを見、見えないものを愛で、見えないものの価値を評価する。
にわか評論家がウンチクを述べましたが、
最終的な私の答えは、
「Is it Art?」
はい。立派なアートです!![]()
PS:
娘のアート作品「ジョーク」は、3日後に、ニュージャージーのお腹をすかせたアートパフォーマーSAMPAMによって、食べられてしまいました。![]()
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