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今回も、またまた “ ガチャガチャ ”
インパクトは “ まあまあ ”、マニアック度はヤバい!(笑)
『古銭コレクション』


『復刻版 日本の大判・小判』

です

大きさ(スケール)は1/1の実物大から1/3くらいの縮小のものになっています

実は、最初はコンプは考えておらず、1回100円だし「ちょっとだけやってみようかな~~」くらいの興味だったんですけど、いざ中身を見てみたところ「お、これ、結構すごいがぁ!裏も作り込まれとる~!」ってことで、結局悪いクセ発動~~!(笑)
しかし、残りわずか!
…………ってか5個で終了~悪いクセ解除

しかし、次の日の夜に行ってみると、なんと!カプセルが補充されているではありませんかぁーーー!!!!
………悪いクセ再発動!(笑笑)
そして、少しダブるも意外に早めにコンプ完了

【①~④】
《表面》
①左上:
『天正菱大判(金) 』
『天正菱大判(金) 』
(てんしょうひしおおばん)
1588年~発行開始、豊臣秀吉が足利将軍家の彫金師「後藤家」に命じて作らせた最初の大判。②右上:
『天正長大判(金)』
『天正長大判(金)』
(てんしょうながおおばん)
1595年~発行開始、豊臣秀吉鋳造。長径17㎝、現存する中では世界最大の金貨と言われています。③左下:
『慶長大判(金)』
『慶長大判(金)』
(けいちょうおおばん)
1601年~発行開始、徳川家康鋳造。日常取引ではなく、主に恩賞用、献上用に使用されたものです。④右下:
『元禄大判(金)』
『元禄大判(金)』
(げんろくおおばん)
1695年~発行開始、江戸文化最盛期に登場する大判です。《裏面》
【⑤~⑧】
《表面》
⑤左上:
『天保大判(金) 』
『天保大判(金) 』
(てんぽうおおばん)
1838年~発行開始、主に褒賞用として使われたもので、鋳造数は極少です。⑥右上:
『万延大判(金)』
『万延大判(金)』
(まんえんおおばん)
1860年~発行開始、ござ目の模様があります。ござ目には「たがね打ち」と「のしめ打ち」があり、この大判は「たがね打ち」で、「のしめ打ち」より価値が高いものです。⑦左下:
『天保五両判(金)』
『天保五両判(金)』
(てんぽうごりょうばん)
1837年~発行開始、天保だけに存在する額面である五両判は、鋳造総数が少なく希少なものです。⑧右下:
『慶長小判(金)』
『慶長小判(金)』
(けいちょうこばん)
1601年~発行開始、90年以上もの間鋳造された、江戸時代を代表する名小判です。《裏面》
【⑨~⑭】
《表面》
⑨左上:
『宝永小判(金)』
『宝永小判(金)』
(ほうえいこばん)
1710年~発行開始、宝永7年4月に発行された小判で、乾字小判(けんじこばん)とも呼ばれています。 たがね打ちのござ目が刻まれ、裏面の右上に「乾」字が打印されています。 ⑩右上:
『文政小判(金)』
『文政小判(金)』
(ぶんせいこばん)
1819年~発行開始、草文小判(そうぶんこばん)とも呼ばれ、鋳造数が多く広く流通したものです。⑪左中:
『草文二分判(金)』
『草文二分判(金)』
(そうぶんにぶばん)
1828年~発行開始、裏面に「文」字が刻まれているが草書体となっているため、草字二分金(そうじにぶきん)とも呼ばれます。 ⑫右中:
『慶長一分(金)
『慶長一分(金) & 甲州金(金)』

(けいちょういちぶきん
& こうしゅうきん)
●慶長一分…1601年~発行開始、小判が1両であるのに対し、「分」は1/4両に相当します。●甲州金…起源は不明、16世紀頃~発行開始、戦国時代中期の武田氏による発行、わが国初の額面表示金貨(計数貨幣)。
⑬左下:
『小判50両包金』
『小判50両包金』
(こばん50りょうつつみきん)
1601年~発行開始、金座や両替商が作成し内容保証したもので、主に商取引に使われました。⑭右下:
『分銅金(金)』
『分銅金(金)』
(ふんどうきん)
1607年~発行開始、戦など非常時の備蓄用として鋳造された金塊で、歴史的、文化的価値が高いものです。《裏面》


※この製品は模造品です~








