大悲閣千光寺
桂川沿いの道をひたすら歩く。
この怪しい看板が目印。
道を進んでいくに連れて次第に人も疎らになっていった。
右手には桂川、左手には青々とした木々。
所々沢となり、滝となり、地面が湿っている。
渡月橋の観光ボートの漕ぐ音が、ギィーッとお腹を下したときのような音がして
向こうから歩いてきた外国人観光客の女子グループが「マジウケる!オナラみたい」と爆笑してた。
つられて笑っていると、it is you(お前だろw)と言われた。
川岸に岩肌が見えてきたらもうすぐ。
やっとお寺の入り口に着いた。
禿げてるし(笑)
ここからは階段を昇る。親切に杖が用意されていた。
お寺までの階段は整備されており歩きやすい。
寺入口の前にあるベンチにおっちゃんが座っていた。観光客かと思ってスルーして中へ入ると
「こんなとこよく来たなぁ」
・・・寺の人だった(笑)
「ここに来るのは殆ど外国の人。日本人で来るのは変わり者や。」
400円を払って中に入る。
「鐘は何回でも鳴らしてええで」
静寂のなか、ぼーーーーーっという音が延々と響いていた。
観音堂には観光客が3人ほどいたが間もなく帰り、私1人になった。
縁側にあるベンチから京都の街並みと山々を見渡す。
観音堂から見下ろす保津川渓谷は近くで見るのとまた雰囲気が違う。
双眼鏡も自由に使えるので遠くもバッチリ見える。
比叡山、大文字山、清水寺、仁和寺五重塔・・・一度に京都の観光名所を見渡せるのは貴重だ。
堂内には大きな木魚や経典のコピーなど色んな物が無造作に置いてあった。
誰もいない山の上の小屋でしばしぼーっとしていた。
しばらくして入口にいたおっちゃんが来て、
この寺のこと、京都のことなど色んなことを教えてくれた。
「この寺に来るのは外国の人ばっかりやでぇ。あとは変わり者やな!
昔文豪はよう来はった。松尾芭蕉は全国を旅したけどここで二句詠んでるで」
また、与謝野晶子や川端康成、芥川龍之介の作品にこのお寺が出てくるそうです。
「…あれや、世の中の役に立たない仕事の奴がよう来るんや」
……おっちゃん言いたい放題
まぁ確かに私は世の中の役に立ってないかもしれないけどさw
京都は落ち着いた雰囲気で、優しい県民性のイメージがあったけど
おっちゃんのおかげでもっと奥深いところを知ることが出来た。
・京都の文化
最近は廃れつつある文化ではあるが、「出ていかない、受け入れない」という
排他的なところは残っている。
他県から越してきても20年は相手にされないと言われている。
裏を返せばそれだけ近所の付き合いが長く、絆があるともいえる。
近所付き合いが長いからこそ、円満にやっていくための工夫が随所に感じられる。
・二杯目のお茶
家に来客があって、そろそろ帰ってほしいというときに京都の人はお茶のおかわりを出す。
これは「そろそろ帰ってください」のサイン。
東京出身のお嫁さんが京都に嫁いで、親戚の集まりでお茶菓子を入れ替えたら
親戚が一斉に帰りだして姑さんに激怒されてしまったということもあったそう。
京都に嫁いだお嫁さんは大変そうだ。
・京言葉
京都弁はとてもやわらかい。
これも周りの人とうまく付き合っていくために自然とそうなっていったんだと思う。
でもおっちゃんは
「京都弁はやわらかいけど京都人は悪い奴やで~」
と言っていた。
わざわざお手柔らかな言葉にすることで争いは避けているものの、他県の人には分からないような、捻くれたような指摘の仕方をしているとか。
例えば、友達の髪型と服装が合っていないとき、
「あらー、その髪型斬新やなぁ。うち見たことなかったわぁ。
きっと赤いワンピースに合うんやろなぁ」
という具合に言うらしい。
あからさまに「似合ってない!」とは言わず、また、決して間違ったことも言ってないけどなんか棘がある。
これを京都弁で言うんだからおっちゃんが「悪い奴」というのも分からなくはない。
・八瀬童子(やせどうじ)
天皇の棺を担ぐ者。天皇の棺を載せた大きく長い輿を大勢で担ぐ。
大喪の礼に唯一携わった民間のひとたち。
大正天皇の棺まで担いでいたが、平成元年の昭和天皇の葬送では棺は車で運ぶことになり輿で運ぶのは式場内のみとなった。
以下、wikipediaより
八瀬童子会は旧例の通り八瀬童子に輿丁を任せるよう宮内庁に要請したが警備上の理由から却下され、輿丁には50名の皇宮護衛官が古式の装束を着てあたった。
八瀬童子会からは6名の代表者がオブザーバーとして付従した。
この文章、何てことないように思えるけど・・・
「八瀬童子会からは6名の代表者がオブザーバーとして付従した。」
というのが凄い。
今まで通り我々に天皇の棺を運ばせてくだせぇとお願いし、却下され
「わかりました。では、好きなようにおやりになってくださいまし。」とあっさり身を引いたそう。
しかし、大喪の礼というのは国の儀式として行われる天皇の葬儀。
棺の運び方、歩幅、タイミング等々、全てが細かく決まっている。
皇宮護衛官は初めてのことでやり方が全く分からない。
結局、皇宮護衛官は八瀬童子会に頭を下げ、やり方を教えてもらい、オブザーバーとして付いたのだった。
これも京都の文化を顕著に表してるよなぁ。
あっさりと身を引いておきながら「好きなようにおやりになってくださいまし。」と言って何も教えないっていう(笑)