さて、この間にウチダカンパニーでは、
梨田社長が引退して相談役になり、
タローさんが社長を継いだ
中部支店を立ち上げて、業績が順調に上がり始めた頃、
「東日本事業部のベテラン営業マンみっちゃんが、
腰を痛めたのが原因でこの秋に退職するから、
西日本事業部に移ってほしい」とタロー社長から連絡があった。
それじゃあ、中部支店はどうするつもりですか
と訊ねると、「それは考える」とはっきりしない返事。
「いや、考えるといわれますが、中部支店は立ち上がって
まだ二年です。三年間はしっかり基礎固めをしないと
将来の売り上げに結びつかないと言われる土地ですよ。
その辺のところは、もっとしっかり考えて頂かないと
困ります。私の後任にはしかるべき人間を配置してください」
と突っ込むと、「わかった、それはちゃんと考える」という
返事をもらったので、
「それなら西日本事業部への転勤はOKです」
と伝えた。

私が西日本事業部に移って三年ほどたった頃、
あの東田事件からもう十年がたっていた、
私は「もうそろそろいいんじゃないですか」
とタロー社長に言った。
他の幹部もそういう事を社長に言った人がいるようだ。
「もうそろそろ」というのはジローちゃんのことだ。
「そろそろ帰参を許してあげたらどうですか?」ということだ。
タローさんは最後まで渋い顔をしていたが、
それから数ヶ月後にジローちゃんが
ウチダカンパニーに戻ってきた。
配属先は中部支店だ。
それから三年後、
我々は再びあの東田事件を思い出すことになる。
その頃、タロー社長は西日本事業部に常駐していた。
大久保専務は東日本事業部に常駐していた。
ところが、二人が別々のところにいることで、
重要事項の決定がスピーディーに行かないということが
問題となった。そこで常務のみのさんが出した結論が
大久保専務に西日本事業部に移ってもらうということだった。
では、東日本事業部はどうするのか、
が残された課題となった。
候補は、西日本事業部にいるケンちゃんと
中部支店にいるジローちゃんだ。
そこで私はタロー社長に言った、
「東日本事業部には最古参のヨシさんがいます。
ケンちゃんにとってヨシさんは先輩だから、
ケンちゃんが東日本事業部の事業部長になるのは
かなりやり難いでしょう。ジローちゃんなら
その点は大丈夫です。しかし、ひとつ大きな問題が
あります。それは勿論東田事件の後始末です。
ジローちゃんは、あの事件の後で『東日本事業部に
謝りに行く』と言っておきながら、結局来なかった。
東田事件では、西日本の人たちは勿論のこと、
東日本の人たちもかなりのダメージを受けたのです。
あの騒動でうちの会社が潰れてもおかしくなかった。
それほどの事件をおこしておきながら、それに対して
一言の謝罪もなく、何の反省もしていない。
少なくともジローちゃんのこれまでの言動を見れば
そのように思われてもしかたがない。
そんなことで東日本事業部に赴任するのは許されません
ジローちゃんが東日本事業部に行くなら、
東田事件について東日本の社員にきちんと
謝罪するように
社長から言い聞かせて下さい。」
社長は「その点は全く君の言うとおりだ。
ジローにはよく言っておく」と答えてくれた。
しかし、結局ジローちゃんは東田事件に関しては
一言の謝罪もしなかった。
この頃から私は
もしジローちゃんが東田事件について
謝罪しないまま社長になるようなことがあれば、
そのときは会社を辞めよう
」と考えるようになった。。。