1991年に単身でアメリカ留学した私。

大学を卒業したら日本に帰ってくると思っていた両親は、なるべく日本人が少なく、英語を話せないと生きて行けないような状況に私を送り込んでくれましたあせる

ホームシックになっても、「英語をマスターするまで帰ってくるなビックリマークと言われ、大学の寮がクリスマスで閉まってしまうと、行き場がなく、友達の実家に居候して過ごした学生時代汗

それでも、うちの両親は週末には欠かさず電話をくれました電話

たまたま私が大学院卒業と同時に入社した会社が、当時、アメリカの3大電話会社と言われる会社だったので、社員の電話代は会社が出してくれた音譜

当時、国際電話料金なんてまだまだ高かったので、就職と同時に、週末の電話は私からするように...

結局、電話会社は、2年で辞めてしまったのですが、今でも私が週末に電話する事になってしまっている汗

最近、カナダ旅行 や、Women and Technology Summit なんかで週末も留守が多かった私。

私流、美への追求日記 in サンフランシスコ


先日、久し振りに電話したら、「電話がないから何かあったのかと思ったじゃないかぁ~!!だって目

母は、私がまた骨折でもしたと思ったらしい汗
(過去に、パラグライディングをしてた私は、2度事故を起こし、足首と背骨を骨折した事があるあせる


親元を離れ、一人、異国で暮らす私は思ったのです...

私の電話番号を知っているくせに、電話料金をケチって意地でも電話して来ない両親汗
本当に、私の身に何かあった時、彼らがそれを知るのは数ヶ月、あるいは数年の月日が経ってからなのかはてなマーク


カナダに経つ前に父に電話したのですが、うちの両親は私が3週間も電話しなかったと言い張る汗

さらに母は、まだ幼児の私を引っ掻いて傷つけてしまった夢を見たとか言って騒いでたガーン


昔は、「便りがないのは元気な証拠」なんて余裕をかませてた両親は、年と共に心配性になっているのでしょうかはてなマーク

それとも私が事故起こしすぎで親が心配するようになったのかはてなマーク

私としては、骨折するぐらい元気が有り余ってる子の方が良いと思いますが...!?


そ~んなわけで、意味もなく親に説教されたのでした。得意げ


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