前記事「で、何食べる?」のつづき。
その時に食べたいと感じたものを、喜びいっぱいで味わって食べるのが、カラダにとって花丸大正解。
と言うのなら、
「甘いものばかり食べてて良いの?」「お酒ばかり飲んでて良いの?」「食べ続けて良いの?」
という疑問が湧いてくる。
その人が甘いものやお酒に依存して体調を崩していても、その人が欲するままに欲するものを食べたり飲んだりして良いのか?と考えると、「良いわけがない」と言いたくなる。
人のカラダは、生まれてから寿命で亡くなるまで常に、「より幸せに生きられるように」と動いてくれている。
「より幸せになる方」へ導くためのセンサーが誰にも備わっている。
ならば、体調を崩すほど何かに依存してしまう人は、そのセンサーが壊れてしまっているのだろうか?
というとそんなことはなくて、誰のセンサーもいつだって、抜群な精密さを発揮している。
肉体にとって、患うと致命傷となるのは脳と心臓。たからカラダは、いつも最優先に脳と心臓を守る。
痛風など、指先が痛くなる病気はこの働きが分かりやすく出ている。脳や心臓から遠ーい指先に不要なモノを追いやることで、命を守ってくれている。
幸せに生きるためには、命がなければ話にならない。だからカラダは、命を守ることを最優先する。
例えば、肥満に悩む女性Aさんがいたとする。さまざまなダイエットを実践しても、痩せるのは一時的で、またすぐ太ってしまう。
Aさんは10代の頃、男性から襲われそうになったことがあった。その恐ろしい経験以降彼女は、
「わたしが襲われにくい外見になれば良い。」
という想いを心の奥深くに抱えてしまっていた。無自覚で。そして、彼女が想像する「襲われにくいカラダ」を作り上げていた。
Aさんのカラダのセンサーは、彼女の想いに忠実に働いてくれていた。
Aさんのカラダが「太る」という選択をしなければ、
「またいつか襲われるかもしれない」
という恐怖に怯え、日常生活を送ることが困難になっていたかもしれない。命を絶っていたかも知れない。
彼女のカラダのセンサーは、彼女が過度な恐怖に怯え続けて生きるよりも、恐怖を軽減してより生きやすいように、太るという選択をするよう働いていた。これにはあっぱれとしか言いようがない。
本人がより幸せに生きられるよう、カラダのセンサーはいつも完璧に作動している。
誰のカラダも、本人が気づいていない深い想いを汲んでそのように動いてくれている。
冒頭に書いたように、
その時に食べたいと感じたものを、喜こんで味わって食べるのが、カラダにとって花丸大正解。
とはいえ、
繰り返し食べ過ぎてしまうこと、飲み過ぎてしまうことを辞められず辛いと感じ、
「このままでは嫌。そろそろ心身ともに元氣になって、もっと人生を楽しみたい。」
と強く思えた時は、プロの門を叩くと良いかもしれない。Aさんの場合、ダイエットのプロの門を叩くことではない。
過去から抱え続けている傷を癒し、
「もう大丈夫。あれは過去のこと。もうそんなことは起こらない。」
という安心感や自信を取り戻し、過去を嘆き、未来を恐れ続けることを終わりにし、「今」を楽しみながら幸せに生きていけるように手伝ってくれるプロのカウンセリングなどが必要かもしれない。
自分自身の、食(飲み物も含む)との関わり方に辛さを感じた時は、
「自分の中に深く潜む悲しみや恐れを、そろそろ手放なさしてみない? 人生をより楽しむために♪」
と、カラダが教えてくれている。きっと。
それではまた。
Sammy