青年海外協力隊では任期中に休暇をとって、
国外旅行ができます。
当時は現在と制度が異なり、
3週間以内で指定された近隣諸国に一度だけ旅行ができました。
原則、休暇で日本へ帰国することはできませんでした。
私は太平洋州に赴任していたので、
フィジー、サモア、トンガ、キリバス、バヌアツ等の途上国や、
オーストラリア、ニュージーランドの先進国から選べました。
私の周りでは、あえて他の途上国を見に行く人も少なからずいましたが、
多数派は途上国に疲れたか、飽きたか、辟易して、
オーストラリアやニュージーランドを選んでいました。
私は後者の方で、ニュージーランドへ行きました。
ニュージーランドはとても旅がしやすい国です。
人は穏やかで親切ですし、どこに行ってもそれほど込んでいません。
ニュージーランドは自然が豊富で、
例えるならば北海道のような国です。
フィヨルドや氷河があり、トレッキングができます。
火山や温泉もあります。
見所はたくさんあります。
私が印象に残ったのはオークランド博物館です。
ニュージーランドの歴史やマオリ文化、
ニュージーランドが参戦した世界大戦など、
いろいろなものが展示されています。
英語がそれほど分からなくても、見ているだけで楽しめます。
様々な展示の中で、一際目を引いたもの、
というよりも知らずに行ったので驚いたものがあります。
何でここにあるのかと。
これを見に来る日本人もいると思います。
それはゼロ戦です。
特攻隊として出撃するはずだったゼロ戦がニュージーランドにあるのです。
パプアニューギニアの島に駐留していた日本軍は、
当時、オーストラリアと交戦していました。
終戦間際、このゼロ戦は特攻隊として出撃をまっていました。
整備員は修理をし、爆弾の搭載を命じられていました。
しかし、部品の調達ができず、修理が間に合わず終戦になりました。
終戦後、島に進駐したニュージーランド軍が、
このゼロ戦を接収し、その後、博物館に来たようです。
実はゼロ戦の修理は、若いパイロットを救うために、
整備員が意図的に遅らせていたようです。
戦時下で本当にそんなことができたのかはわかりませんが、
もしそうならば、分かれば軍法会議ものでしょう。
整備員の心境を考えると無謀といえる作戦を止めるために、
相当な覚悟だったのでしょう。
またパイロットはこのまま修理できないでいればいいと思っていたのかと、
いろいろと考えてしまいます。
