第9話  「柿本に会いに行こう」の巻 | 僕とアインシュタインのヒーローズファクトリー

第9話  「柿本に会いに行こう」の巻

 次の日の朝六時に、僕は叩き起こされた。
「悪と戦うには、体力が第一だよ。」
偉そうなアインシュタインに、腕立て伏せを五百回やらされた。でも僕はワイルドだから、全然苦しくなかった。松井は食事係だからそこにはいなくて、藤原は僕より一足早く五百回終えていたが、そこで終わらず倍の千回に挑んでいた。筋トレが好きで好きでたまらないらしい。野口と柿本は二百回くらいでリタイアした。貧血を起こして倒れた野口を、同室の柿本が背負って部屋へ運んだ。柿本自身もかなり青ざめていたので、何か手伝ってやろうと声をかけたら、すっかり無視された。さすがに頭にきた。
「でも、柿本はいい奴っすよ。困った人見ると放っておけないみたいで、必ず助けてやるんです。それも、気付かれないようにやるんっすよ。感謝されるのが苦手だとか言って。でも本当はそうじゃないんです。ほら、例えば沢田さんとか野口さんって、プライド高いから、人に借りを作るのって嫌いでしょ。他人に世話になると、相手はいいことした気分でも、自分は何だか申し訳なくって気まずいってことあるじゃないですか。そういうのをわかってるんっす。周りを一番よく見てるのが、柿本だと思いますよ。」
 朝食の準備をしながら松井が語った。僕は朝の体力作りを終えて、松井のところへ来ていた。食堂の奥には調理場があり、そこで松井は七人分の食事を作っている。その調理場をのぞくことのできる小さなカウンターに寄りかかって、僕はハムをつまみ食いしていた。
「お前、俺が柿本に嫌われている理由、知ってるか?」
松井はレタスをちぎった。それから目玉焼きを作り始めた。
「ああ、知ってます。俺から見たら、本当にどうでもいいような理由なんっすけど。」
フライパンで目玉焼きを二個ずつ作る。慣れた手つきで、あっという間に七個の目玉焼きが出来上がった。
「それで?」
「実は、あいつには婚約者がいて、ヒロコさんっていうんですけど、ものすごい美人でね。もう、一度見たら忘れられないっすね。何ていうのかなあ、とにかく、素敵な人。やること全部、お世辞抜きで絵になりますね。」
チンと音がして、トースターからパンが飛び出した。松井はそれに目玉焼きとレタスを乗せながらぼやく。
「このトースター、不便だよなあ。一度に二枚しか焼けないんだもん。一人あたり二枚だから、七人分作るには七回も焼かなきゃならない。時間も手間もかかる。まあ、そのおかげで朝の体力作りをやらなくてすむんですけどね。」
それから松井は別のパンをトースターに押し込んだ。
「その婚約者と俺に何の関係があるんだ。」

「ああ、そうだそうだ。沢田さん昔、百人一首大会に出たでしょ。」
「俺が高二の時だな。」
「そう、その大会で、優勝したのが柿本、沢田さんは二位でしたよね。」
「そうだけど」
またチンと音がなり、パンが飛び出した。いまいましいトースターだ。ゆっくり話もできやしない。
「よし、出来た。すみません沢田さん、ほかの人呼んできてもらえますか?」
話はそこで終わった。結局のところ柿本が僕を嫌う理由は聞き出せなかった。

 こうなったら本人に聞くしかない。男らしく真正面からぶつかってやる。うん、実に良い。男らしくてワイルドだ。