第8話 「藤原と相部屋」の巻 | 僕とアインシュタインのヒーローズファクトリー

第8話 「藤原と相部屋」の巻

 広くて薄暗い部屋の、二段ベッドの下の段で僕は目を覚ました。よく見えなかったが、周りには箱らしいものがたくさん置いてあった。僕は寝ぼけていて、自分が貨物船に乗っているような錯覚に陥った。仕方がなかったのだ。あまりに突然の、信じられないような出来事に、僕は精神的にも肉体的にも疲れきっていて、幻の一つや二つを見たり、宇宙からの電波を受信したりしてもおかしくないような状況だった。
 僕は事故かなにかで家族を失い、意地悪な親戚によって外国人に売り飛ばされた少年になりきっていた。僕はこの薄暗い船の中で、たくさんの荷物と一緒に揺られながら、自分の運命を考えている。この船は僕を地獄へと連れていくつもりなんだ。父さん母さん、どうして僕だけ置いていったんだよ…。僕はこんな暗いところで独りぼっちさ。僕、暗いの苦手なんだよ。ねえ、父さん…。僕はポケットから小さなマッチ箱を取り出す。かすかな明かりを求めてその一本に火をつける。するとどうだろう。その炎の中に、家族が生きていた頃の、楽しい食卓の様子が浮かび上がったのだ。それをうっとりと眺めていたら、火が突然消えてしまった。嬉しさと同じくらい僕の鼻息も大きかったのだ。僕は今度は息を止めて、慎重にマッチをすった。今度は炎の中に、誰かの後ろ姿が見える。何だか忙しく動いているようだ。体が倒れては、また起き上がる。何だ、あの変な動き…。あっ!腹筋運動じゃないか!…でも父さん、腹筋なんかしてたかな?それにあんなに体もがっちりしてないはずだな…。炎の中で、その後ろ姿がゆっくりと向きを変え、僕のほうへ顔を向けた。
「おう、生きてるか?」
「父さん!」
僕は叫んで、がばっと体を起こした。辺りがぱあっと明るくなった。藤原が上半身裸で腹筋運動をしていた。
「悪いけど、俺はお前の親父じゃないぞ。」
「何だ、藤原か。」
「お前、会議中にいきなり白目むいて倒れたんだよ。覚えてないだろうけど。」
「ああ、覚えてない。」
「びっくりしたよ。それで、この部屋に運んで、そこに寝かしてからは、ものすごい寝言だろ。もう俺、本当に恐くてたまらなかったよ。」
「変な夢を見てた。しかしそんなにひどかったか、俺の寝言。」
僕は頭をかきながらベッドから出た。まだ頭がぼうっとする。藤原が動きを止めて真面目な顔で言う。
「お前、ひどいなんてもんじゃないよ。しまいにはマッチに火をつけて笑ってたんだぞ。俺、もうどうしたらいいかわかんなくて。」

「・・・腹筋してたのか。」
「『困ったときは筋肉に聞け』って、俺のじいちゃんがよく言ってたんだ。全然意味わかんないけどな、はっはっは。」
「お前のじいちゃん、確かボディビルダーだったよな。」
「そうそう。よく覚えてたな。さすが沢田。」
藤原はまた勢いよく腹筋運動を始めた。
「何がなんだかわからない。お前ら、どうかしてるよ。」
「そのうち慣れるさ。よし次はスクワットだ。はっはっは。」
藤原が豪快に笑う。僕も何だか笑ってしまった。少しだけ、気分が楽になった。この男がいたのは僕にとって救いだった。藤原がここにいなかったら、そしてこんなに馬鹿でなかったら、僕はきっと、もっと落ち込んでいただろう。
「ところで、この箱は何だ?」
「ああ、お前の荷物だよ。さっき届いた。この部屋は俺とお前で使うことになるから。お前が来るまでは一人部屋だったんだけどな、広いのはいいが、やっぱり寂しいからな。まあとりあえず、よろしく。」
「勝手に話を進めるなよ。俺は、お前らと一緒にヒーローなんかやる気はないよ。」
「そのうち慣れるって。俺だって、最初ここに連れてこられたときは、あいつら犯罪者だと思ったよ。でもさ、何だか楽しいんだ。砲丸投げよりもさ、ずっと楽しいんだよな。」
「でも、これじゃ誘拐されて監禁されたようなもんじゃないか。」
「監禁なんて、おおげさだなあ。ほら見ろ、テレビも電話もあるだろ。もちろん使える。それにこの部屋にあるものは、全部俺たちの私物だよ。今まで暮らしていた部屋と変わらないさ。」
 誰かがドアを叩いた。藤原が返事をすると、松井がひょこっと顔を出した。
「あ、沢田さん、大丈夫でした?」
「まあな。」
「そりゃ良かった。それで、夕飯なんですけど、食べられそうっすか?」
時計の針は既に午後七時をまわっていた。
「もうそんな時間か。沢田、食事係は松井なんだが、こいつの料理はうまいぞお。本当に。絶対食ったほうがいいよ。」
「でも、具合が良くないんなら、お粥か何か作りますけど。」
「沢田、こいつのお粥もうまいぞお。いや、本当に。」
藤原には妙な口癖があった。最後に念を押すような言葉をつける。いい加減な性格であるゆえに、日頃からあまり信用されないのだろう、そんな彼なりの苦しさを感じた。
「じゃあ頼むよ。皆と同じのを食べられそうだ。」
 松井の料理はうまかった。本当に。