第7話 「チーム結成!」の巻
「よし、それでは諸君、いよいよ本題に入ろうと思う。まず、我々のチーム名を決めたい。徹夜して原案を考えてきた。あくまでも原案だ。しかし私がわざわざ徹夜して考えたから、質問も意見も受け付けません。さあそれでは発表です。完璧な男たちのそろったクールな我々のチーム名は、…『爆走戦隊グレンジャー』だ!」
アインシュタインがいやに清々しい顔でそう叫ぶと、いつ用意したものか、僕達の頭上で大きなくす玉が割れた。そして「祝 爆走戦隊グレンジャー」と書かれた布が下がった。しばしの沈黙。さすがに皆、この老人の頭のおかしさに絶句しているのだと思った。なぜ、健全に生きてきたこの僕が今更「爆走」して「グレ」なければならないんだ。そんなのはさっき僕がやっつけたバイクの五人組にやらせておけばいいじゃないか。あいつらこそぴったりだ。そんな真似をこの僕にさせようなんて、あきれて物も言えない。しかし、そんな僕のデリケートな心をかき乱すように、どこからともなく拍手がわきあがり、歓声が飛び交うのだった。
山田と名乗るスーツの男が手を叩きながら、日の出を眺めるような顔で右斜め四十五度の宙を見つめていた。柿本も同じような顔で、唇をかみしめ小さなガッツポーズを作っていた。
「嘘だろ…」
開いた口がふさがらない。しかし僕の底知れぬむなしさをよそに、藤原や松井は興奮して飛び跳ねていた。
アインシュタインはどこから取り出したのか、片目だけ黒く塗ってあった大きなだるまに、自信満々にもう一つの目を書き入れていた。巨乳アイドルの水着大会じゃあるまいし、何なんだこの騒ぎようは。信じていた冷静な野口までが…。彼はじっと椅子に腰掛けたまま、涙ぐんでいた。僕は違う意味で涙ぐんでいた。
「そして、これから様々な悪と戦っていくにあたり、いくつか決まりを言っておく。一つ、『我々に関する一切を一般庶民に知られてはならない』。一つ、『しっかり働き、寄り道をせずに帰ってくること』。一つ、『全てにおいて、ヒーローと名乗るに値する行為に心がけ、常にそれらしい雰囲気をかもしだすこと』。この三つを絶対に守ってほしい。」
「ちょっと待ってください。ここで暮らせってことですか?僕には住む家も仕事も」
「『僕』って言うなっ!」
いきなりアインシュタインに怒鳴られた僕を、柿本がわざとらしく「ぷぷっ」と笑った。
「いいか、私たちはワイルド路線で行くんだ。ワイルドな男は絶対に『僕』なんて言わん。『俺』もしくは『俺様』と言え!そして明日から君の仕事は魚屋だ。それから、言葉づかいはもっと荒く。いいな!」
叱られたのは初めてだ。僕は完璧だったから、誰も僕のやることに口を出せなかったのだ。何だかむかっとした。しかしアインシュタインの言うことも一理あると思った。確かに、自分のことを「僕」と呼ぶようではワイルドの「ワ」の字も感じさせられない。
「まったく、君は何にもわかっちゃいないのさ、『ワイルド』の何たるかを…。」
アインシュタインは首を振って大きくため息をついた。僕は悔しくて悔しくてたまらなかった。
「それにね、ここで暮らすのは全然悪いことじゃない。広い部屋のほかに、朝と晩の食事はこちらが用意する。食費も家賃も払う必要はない。諸君が稼いだ金は、全て諸君のものだ。趣味に使うのもいいし、貯蓄するのもいいだろう。」
そうか、悪くないな、と僕は少し安心した。けれどすぐに気が付いた、安心している場合じゃない、と。僕はここで暮らさなければならないらしい。アインシュタインは明日から僕を魚屋で働かせる気だし、僕の生活はすっかりこの気違いに管理されることになる。
「ぼく、いや俺には借りているアパートがあるし、仕事もあるんです。」
「大丈夫。手は打ってある。明日になれば、アパートに君の部屋は無いし、仕事に行っても君の居場所は消えているはずだ。何も心配いらない。安心しなさい。」
「そんな…」
「良かったな、沢田。万事OKさ!」
藤原がそう言って右手の親指を立てた。
「そう、万事OKさ!」
アインシュタインも右手の親指を立てた。
「お前ら、これでいいのか?何もかもめちゃくちゃじゃないか!」
「そんなこと言われても俺たち…」
松井が困ったように僕を見た。
「半年前からここで暮らしてるんっすよ。」
もうだめだ。そう思ったとき、子供の頃からの思い出が走馬灯のように僕の頭の中を駆け巡った。
僕の意識はそこでぷっつりと途切れている。