「いやこれ、英語使えるな」


大変だったけど、フィリピン来てよかった。

そもそもわたしは、日本国内なら1人でどこまでも観光して回るのが好きな女であった。

日本に帰ったらちゃんと英語の勉強をしよう。

そして旅の裾野を広げようじゃないか。


英語でのコミュニケーションに対する苦手意識が消え去り、揚々とそう思っていた。


しかし何度でも言おう。

わたしは英語がほとんど読めないし、話せないし、聞き取れない。

今のわたしがだ。


おかしいじゃないか。

すごいいい感じにフィリピン出張で成長したみたいな終わり方したのに。

この後、すごく英語の勉強をして世界が広がり人生変わりましたってなれよ。


フィリピン出張を終え日本に帰ると、わたしは途端にヒアリングが出来なくなった。

というかむしろ、出張中なぜあんなにヒアリングが出来たのか今となっては不思議である。

出張の後半は特に集中する自分を交えた会話時以外でも、例えばレストランで隣の席の英語ネイティブ同士がしてる会話の内容なんかも何となく聞き取れたのだ。


今は隣の席で英会話が行われていても時折知ってる単語が耳につくくらいで基本的にただの呪文にしか聞こえない。

やはり火事場の馬鹿力、危機的状況を切り抜ける為に起きた一時的な脳と身体機能の向上だったらしい。

出張から帰った後はとてつもない疲労感と脱力感があり、しばらくずっと原因不明の発熱が続き胃腸は荒れに荒れていたのでかなり高負荷だったのではないか。


今現在、日本に住んでいても英語で話しかけられることは珍しくない。

わたしは昔からなぜか人から道を聞かれたり、着ている服について聞かれたり、質問でもなんでもなく無意味に話しかけられたりすることが多い。

そういう中には英語で話しかけてくる人もかなりの数いる。

ネットゲームで散々他プレイヤーとクエストをこなしてからチャットしてみたら海外勢だったことも沢山ある。

わたしの作品に英語で感想文や転載の許可申請も来る。

ネットで調べたいことの答えが英語でしか書いてないこともしょっちゅうだ。


今はそのどれもが大体翻訳アプリで済んでしまう。

何も困ったことは起きていない。

それでも幾度となく思う。

「英語が使えるようになりたい」


それはおそらく、わたしがこの時のフィリピン出張を経験したからだ。

だから正確に言えば「わたしは英語が使える、本気出してないだけ。だから本気を出したい」なのだと思う。

土壇場で本気を出そうとして、本当に本気を出せてしまった気持ちいい経験が忘れられない。


度々、英語教材を吟味して買ったり英会話教室に行って英語を学んでみては「そうだけどそうじゃないよな」と思う。

そうじゃないんだ。わたしは英語がペラペラになりたいし、サラサラ読み書きできるようになりたい。

それには英語の勉強も必要なことだろうと思うけど、今のわたしに足りないものはそれじゃない。

他人とのコミュニケーションへの意欲と、危機感だ。


在宅でしている仕事は、通勤もなければ接客もなく、上司も同僚も後輩もいない。

わたしの場合今は営業すら殆ど必要が無い。

各種案件の担当者とメールや電話でやり取りして、時たま打ち合わせに赴くだけだ。

その話をすると、会社勤めの人からは「いいなぁ〜」とよく言われる。

わたしもそういう時は「いいだろう」と返す。

しかし時々、コミュニケーションを最小限にしても生きていけるぬるま湯に浸っている人生に対する無意識の焦りが突然飛躍して「英語が使えるようになりたい」という形で湧いてくるのだ。


わたしが今浸ってるぬるま湯からは風呂の壁しか見えない。

時々、目をつぶってフィリピンの貧富様々な人の暮らしや波打ち際で足を濡らしながら見た様々な空模様のだだっ広い風景の事を思い出していても立っても居られなくなり、鳴き声を上げてしまう。


「英語が使えるようになりたい」


以上、ブログ記事3つに渡ってしたかったのは、ただのそういう話。