青空文庫(著作権フリーの本)の原作と、「きくドラ」さんのラジオドラマを参考に文章を打ち込みました。
「ラムプの夜」
作者 新美南吉(にいみ なんきち)
妹 ひどい風ね。ああ、早くお父さん達帰つていらつしやらないかなあ。
(電気が消える)
妹 あら、停電よ。
姉 電球が切れたんじゃないかしら。じきにつくから、じっとしていらっしゃい。
妹 つきやしないわ。風で電線が切れたのよ、きっと。
姉 そうかしら。
妹 あら、何かあそこに光ってるわ、青白く!
姉 どこ?
妹 ほら、窓の向こう。
姉 沼よ、あれは。月の光を反射してるのよ。素敵。詩が出来そう。
妹 文学少女はこれだから。姉さん、お父さんのランプつけましょう。
姉 油まだあったかしら。
妹 きっとまだあるわ。
妹 こんな古ぼけたランプ、いつもは何にもならないとおもっていても、こんなときには合うわね。やっぱり昔のものは、味があるわ。フランス製だったけね。
姉 ええ、そう。お父さんが始めての航海でマルセーユに行ったとき、そこの裏町の古道具屋で見つけたんですって。ルイ十四世時代のものらしいって言ってらしたわ。
(ドアをたたく音)
妹 あら、誰かいらしたわ。
姉 今時分(いまじぶん)誰かしら。
(ドアを開ける)
旅人 旅のものです。道にまよっています。こちらに小さい灯が見えましたもので、少し休ませて下さい。
姉 どうぞ。あなたはそれで、お家はどこ?
旅人 うちはありません。私はいつでも旅をしているのです。
妹 じゃ、ひとりぼっちね。
旅人 ええ、そうです。でもどこにでも私のお友達はいます。お母さんをなくした子や、病気の子や夢を見ることの好きな子供が私のお友達です。そういう子は寂しいもんだからよく、一人で、壁や塀に影絵をうつします。私はそんなときそこへ行ってその子供達を慰(なぐさ)めてやります。
姉 そう。では、ここでゆっくりしていらっしゃい。
旅人 ええ、でも、私はゆつくり出来ないのです。私はゆかねばなりません。
妹 何故そんなに急いでゆくの。
旅人 何故か知りません。私の心がゆかねばならないと言うのです。
姉 何か探していらっしゃるの?
旅人 ええ、そうです。
妹 何を? カナリヤか何か逃したの?
旅人 いいえ。そんなんじゃありません。何だか私自身にもよくわかりません。
妹 自分にわからないものを探しているなんて妙ね。
旅人 ええ、そうです。でもそれが我々の運命です。
妹 我々って?
旅人 私や、あなた方のことです。すべての人間のことです。
妹 あら私達までも。
旅人 そうだと思います。
妹 違うわよ、わたし達はちゃんとと家があって、ここにいるじゃないの。
旅人 そうでしょうか
妹 いやな人ね。そんな眼であたしを見ないでちょうだい。
旅人 ごめんなさい。では、私はもう行かなきゃなりません。
(立上る)
姉 どうぞお大事に。また来て下さい。
旅人 ええ、また来ます。また、あなた方がラムプをつけたときに。
(姉、旅人を送り出す。)
(窓からひよいと大きい手袋をかけた泥棒がはいつて来る)
妹 ああ、びっくりした。誰なの、あんたは。
泥棒 泥棒です。
妹 あら、いやだ、自分で泥棒ですなんて。泥棒にしても随分、間ぬけな泥棒ね。
泥棒 そんなことはない。
姉 あら、そんなことはないなんて。
妹 そんなぶざまな恰好で泥棒が出来るもんですか。泥棒するんならひげのすごいのをつけてなきゃ人がおそれないわ。
泥棒 おや、ついてませんか。
姉 何もありませんわ。
泥棒 ちぇえ、また落しちゃった。あぁ、しまった。あれ三銭で買つたのに。
妹 つけひげなの?
泥棒 そう、山賊ひげって奴です。あ、あそこに落ちてる。(窓のところへ行って拾う)これで、どうだ、凄いだろ。
泥棒 さぁ、お金を出せ。
妹 お金なんてないわ。それに、ちっとも恐くなんかないわ。
姉 おかしい泥棒ね。
妹 間ぬけ泥棒よ。
泥棒 そんなことはない。手下が百人あるのだから。
妹 へえェ、あなたに手下が百人?
姉 どんな人?
泥棒 石川五右エ門。(いしかわごえもん)
妹 それから?
泥棒 鼡小僧次郎吉(ねずみこぞうじろきち)。
妹 それから?
泥棒 アルセーヌ・ルパン。ロビンフッド。
妹 (溜息)それから?
泥棒 Gメン、アルカポネ、キングコング、のらくろ伍長(ごちょう)、まだいろいろある。
姉 凄いのね。
泥棒 驚いたろう。そいからピストルだって持っている。これだ。(玩具の鉄砲をとり出して見せる)
妹 これ玩具じゃないの?これで打ったことあるの?
泥棒 まだない。ロンドン銀行を襲うとき、打つつもりだから。
妹 法螺吹き(ほらふき)ね、あなたは。
姉 かなしき旅の法螺吹きよ。
泥棒 じゃ、あばよ。また来るよ。(ぷいと窓から出てゆく)
パート2に続く