近所で自殺がありました。
家から50mのところにある神社の境内脇の木で首を吊って亡くなられていたそうです。

その神社から20mほど離れたうちのおばあさんの管理する畑の前に、

数日前から不審な軽自動車が停まっていて、
(最近近所で空き巣などの被害も相次いでいることもあり)警戒していたのですが、
まさかこういう結末を迎えるとは・・


正直、またかよ、といった感じです。

というのも、私の家から1キロ範囲内で過去10年の間に8回の自殺があったからです。

私の住んでいる地域に自殺する人が多いのではなく、

所謂自殺の名所となっているのが現実です

自殺された方は市内に住む方も含めほとんどがよその人です。
この辺も少しずつではありますが開発が進み開けた土地になったとはいえ、
人がほとんど通らないような場所もまだまだあります。

言葉は悪いですが、そういった環境が自殺には最適なのでしょう。


年に3万人(不明者を含めると実際はもっと多いと思います)も自殺する時代ですから、

世の中全体で考えれば特に珍しい事ではないのでしょうが、

いざ自分の身の周りでそういった事が起こると、インパクトは結構大きいです。

病気や事故などで亡くなった人を目の当たりにするのとは

全く異質のそして比べ物にならないほど大きなショックを受けます。



生きていく中で死ぬよりも辛い事なんていくらでもあるのかもしれませんが、

自分自身がそういう状況に陥らない限り、その気持ちは分からないでしょうね。

自殺はしてはいけない事だ!などという風潮があるのは非常に残酷な話です。

他人の命を奪う権利はありませんが、自分の命を自分で絶つ権利はあると思います。

しかし、現実はどうでしょう。

きっと今回自殺した人やその家族の人たちは、

周りの人から好奇の視線を向けられる事になるでしょうね。

社会として自殺を減らす努力をするのもいいですが、

個人的には、結果的に自殺してしまった人が差別されないような

社会を作っていく方が大事なんじゃないかと思います。

でも、自殺を減らそうとする社会と自殺を認める社会が交わることはあり得ませんよね。


とか言ってますが、私もかなり矛盾してます。

近所で誰かが事故や病気で死んでもブログで書こうとは思わないからです。

それだけ自殺というものが自分の中で特別な、

言い方を変えれば変わった死に方だと自分でも認識してしまっているんです。

先天的なものなのか後天的なものなのか分かりませんが、不思議なことだと思います。 

何で自殺は他の死と違うように受け止めてしまうのか。みなさんはどうですか?