久しぶりにブログを書いてみようと思う。
イギリス行く前まで更新してたんやな。
存在すら忘れていた。
3年前の自分は相も変わらず病んどるなあ。
でも未だに楽しいこともあるのにうまく表現するのが下手。
昨日の今頃は気心の知れない人たちと遊んでいた。
私に対して興味を少なからず持ってくれていたみたいだけれど、きょうはもうなくなったようです。
私も同じように彼らに興味は失せてしまったし、多分同じ気持ちなんだろう。
なんかなあ。
コンプレックスのない人は苦手だ。
地頭が良くて、運動神経も良くて、顔も良い男の子にこの半年で何人も出会いましたが、なんか魅力がない。と思ってしまった。
そんな人たちに共通する印象が「コンプレックスがない」こと。
何でもそつなくこなせるからか、やりたくないことをやらないように上手に生きられる人たちが居るようです。
まず何でも出来る時点でやりたくないことが少ないのだろうけれど。
ちなみに、私の中の「リア充」はこんなイメージ。
例えば、例えが悪いかもしれないけれど、F欄大学にたまにいる「地頭のいい人」。
義務教育の期間に勉強はきちんとやってないけれど、理解は出来ている。
義務教育の詰め込み勉強は努力が必要だからやってきていないだけ。
でも理解出来ているから努力しなくてもまあまあ出来る。
そうして進学先は入試も努力せずに入れる学校。
みんな自分より理解度が低いからそこでも努力せずして好成績を収められる。
元々運動神経も良いから自分より格下ばかりの集団の中では、文武両道を体現したような人間に思える。
多分、あの人たちは自分でもそう思ってしまってる。
そういう人たちは、ドロドロになってする努力とか、他人への憎悪に近い嫉妬心とか、そういうところから生じる自己否定とか、そういうのを知らない気がする。
知っていても生きるのが不器用な人ほどは知らないと思う。
だから、自分より上の人たちと触れ合って生きてきている人間より、現状に満足している分、伸び代が見えず浅く見えてしまう。
自分より格下の中で一番を取ることに慣れたひとは、出来ないことが現れた時点で努力しなくなりそう。
イメージだけれど。
でも、実際何人かはそうだったし、きっと昨日の人も彼の半生を聞く限りそんな感じ。
コンプレックスの塊過ぎてひねくれている人のほうが何倍も興味深いな。
眠たくなってきた。