マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(キング牧師) が


皆で行った運動のひとつ


「モンゴメリー・バス・ボイコット運動」


そのころ黒人に対する人種差別は州によっては合法化されていました。


たとえば


「白人と黒人は、それぞれ別の学校に通わねばならない」


「白人と黒人は結婚してはならない。犯せば、禁固2年ないし5年の刑に処す。」
(人種隔離を明記した州法・人種隔離法)


人種隔離法に基づいたモンゴメリーの市バスの乗車ルールでは


前方に「白人専用席」があり、黒人はそこに座ることは許されません


さらに、白人席が満席になると


黒人は白人に自分の席を譲らねばいけませんでした・・・


1955年12月1日
バスに乗車した黒人女性、ローザ・パークスは


運転手から「席を譲れ」と言われたが応じません


白人に席を譲ることを「拒否」


その日、ローザは逮捕されました。


この逮捕によって、モンゴメリーの黒人たちは


差別への抵抗を示そうと「バス・ボイコット(乗車拒否)」という行動出ます。


キング牧師を中心としたこのボイコット運動は


381日間に及びました。


黒人の人たちはバスを決して利用せず


毎日自分の足で歩きます


毎日、毎日・・・


毎日、毎日・・・ ・・・


人々は歩きながら歌います


We shall overcome(私たちは打ち勝つ)
We shall overcome
We shall overcome some day(私たちは打ち勝つ いつの日かきっと)

Oh, deep in my heart(私はそれを心の深いところで信じている)
I do believe
We shall overcome some day(私たちがいつの日かきっと打ち勝つということを)

We'll walk hand in hand(私たちは手をつなぎ歩く)
We'll walk hand in hand
We'll walk hand in hand some day(私たちは手をつなぎ歩く いつの日かきっと)


ボイコットは、何ヶ月もつづきました


雨にも、雪の日もバスに乗らず、歩きつづけます。


ある日、足を引きずりながら通りを歩く老婦人が居ました


その姿を見かね、車を走らせていた運転手が


「乗せてあげようか?」と声をかけました


ところが、老婦人はこう答えました。


「私は自分のために歩いているのではありません


私の子どもや孫のために歩いているのです」


これまで差別に黙って耐えてきた黒人たち・・・


しかし、このとき一人一人の心の中に


「正義」への気づきが芽生え始めていました。


1956年11月

ついに連邦最高裁はバスにおける人種隔離を定めた


アラバマ州法とモンゴメリー市条例を違憲とする判決を下しました。


このバス・ボイコットは、その後の「公民権運動」を急速に高める画期的な事件となります。

(2008年11月 そのとき歴史は動いた)から


僕たちは何のために歩いているのでしょうか


代表からの今年のテーマが発表されました。

しっかりと生きる





おしまい


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野球やサッカー、バスケやバレーなどなど・・・


チームスポーツで、


強いチームには必ずと言っていいほど、あるものがある・・・


何でしょうか?・・・


監督?


施設設備?


伝統?


・・・


強いチームに存在するもの・・・


それは・・・


強い2軍です!!!


強いチームは、2軍も強い・・・


もっと言えば、


強い2軍の為には、強い3軍が必要になる・・・


つまり、


2軍、3軍の選手が腐らずに、イキイキとしている・・・


これを職場に例えると、


強い企業、業績を伸ばしている会社は、


トップだけじゃなく、


№2や幹部の力が強い!


そして、その下の部下達も力を発揮できる環境にある・・・


だから、


強いチームができる・・・


チームを強くしようと思ったら、


強い2軍を育てましょう



「チームの強さとは、一人一人のメンバーなんだ


一人一人のメンバーの強さとは、チームなんだ」


by フィル・ジャクソン(米国NBAの元選手・監督)





一人一人の力が必要


いらない人なんて、


一人もいない!!!



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あたりまえについて、

例えば、

いつもあたりまえのように、母親や、奥さんが料理を作っています・・・

でも、

もしこれが、母親や奥さんじゃなくて、

たまに来る友人だったら・・・

「うわー、何これー、おいしそー、ありがとう・・・」

って感じになると思います・・・

例えば、

いつも部下が、掃除や雑用等を一生懸命やっていたとして、

もしそれが、通りすがりの人だったら・・・

「何かすいません、こんなにきれいにしてもらって、ありがとうございます、感謝します・・・」

って、言うと思う・・・

いつもいつも、

愚痴の一つこぼさずに、

あたりまえにやってくれている人にこそ、

大きな感謝が必要なんだ・・・

『ふだん「当たり前」だと思っていることが、実は「恵み」である』

by 鈴木秀子(文学者・セラピスト)




答え
恵みである



おしまい


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