皆殺しの天使
ココ・シャネルはファッション界で俗称「皆殺しの天使」とも呼ばれています。
その名の由縁は、ココ・シャネルは数々の時代を変える新しいスタイルを生み出し、それまで常識とされてきた、ファッションの歴史を一瞬にして闇に葬ってしまうことからちなんだ名称です。
ココ・シャネルの富豪人生
ココ・シャネルはカペルの支援の元、その期待に応え数々の成功を収めブランドの知名度を上げていきます。
経済的な意味で大きな成功をもたらす起爆剤となったのは、カペルが離れた以後に生み出された商品、今も世界中で愛されるシャネル定番の香水「シャネルNo.5」の大ヒットによってです。
これには、生涯の友人であり、仕事の協力者でもあるフランス社交界の華と呼ばれたミシアからの出会いを受けて実現したものです。
シャネルが世界のトップブランドになるには、このミシアの協力がなかったら実現しなかっただろうと言われています。
恋多き女性
ココ・シャネルは恋多き女性でも有名ですが、その中でも3名の恋人との出会いが自分の人生を好転させていきます。
エティエンヌ・バルサン:
歌手としての生き方が全くうまくいかず、みじめさに打ちひしがれている時に救った存在。
贅沢でなに不自由ない暮らしを与えていたが、ココ・シャネルが帽子デザイナーとして自立しようとする姿勢を望まず、別れることになる。
シャネルを国内トップブランドにまで押し上げる支援をした次なる恋人、アーサー・カペルとの友人であり別れの代償にシャネル成功への出会いのきっかけをもたらす。
アーサー・カペル:
「世間に認められたい」という同じ願望を持ち、デザイナーとしての才能がありながらもエティエンヌからの支援が受けれず憂鬱(ゆううつ)なときに苦しむココ・シャネルに救いの手を差し伸べ、シャネルのスタートからブランドが大きく羽ばたくまで支援した恋人兼、ビジネス・キーパーソン的存在。
「世間に認められたい」という願いの果て、金も地位も手に入れたカペルは最終的に、ココ・シャネルとの愛より『身分』を得ることを望み、イギリス貴族との結婚の道を選択してココ・シャネルと別れることになる。
ディミトリ・パヴロヴィッチ:
爆発的なヒットでココ・シャネルを大富豪にし、今も世界中で愛されているシャネル定番の香水、『No.5』を開発する手助けをした存在。
亡命した元ロシア貴族で、祖国ロシア復興のためにアメリカの富豪令嬢と結婚をする。
スイスに眠るココ・シャネル
モード、社交の世界で頂点まで登りつめ、特別な価値ある存在としてきらびやかで華やかな世界に咲き乱れた人でしたが、「孤独」という淋しさからだけは癒されることなく1971年1月10日、ココ・シャネルは87歳で人生の幕を降ろします。
晩年にココ・シャネルが住んでいたパリの「ホテル・リッツ」スイートルーム
20世紀に比類なきモードの女王と呼ばれたココ・シャネルは、肉親の愛を受けられず惨めだった生活からの復讐心をエネルギーに、次々と斬新なファッションを世に送り出し地位と名誉という成功を手に入れ恋多き女性でもありましたが、結婚には恵まれず、生涯孤独でした。
葬儀はショパンと同じパリ・マドレーヌ寺院で行なわれ、
遺言によってローザンヌの墓地に埋葬されたそうです。
たくさんの墓石が並んでいる中、ただひとつ、木と花の陰に
隠れてココ・シャネルのお墓は静かに佇んでいます。
白い墓石には、彼女の星座を象徴する獅子の頭が刻まれています。
幼かった頃、薄汚れた部屋でがんじがらめにされていることを憎み、
富と自由のイメージとして
「白」いものばかりを夢見ていたココ・シャネル。
その白い墓石の前には、
やはり白い小さな花が今も咲き乱れています。
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