ひろゆきの「無敵の思考」という本を買った。
本当は、「1%の努力」のほうを買いたかったのだけれど、2件とも本屋で置いていなくて、代わりに買った本だった。
読みやすくて、あっとゆうまに読み終えたけど、内容がほとんど頭の中に残っていない。それは残念だけれど、これはぼくが記憶力に乏しいからしょうがないことだ。
ひろゆき自身も、自分は記憶力がないと書いており、しかしそれは悪いことだけではなく、いいこともあり、工夫でそこは補っていると書いている。
・記憶力が悪いからイヤなことも忘れられる
・記憶力がない代わりに、「毎回ロジックで同じ答えを出す」ということを意識してやっている。
・話の内容も人の名前ごとやあいうえお順で並んでいるのではなく、似たようなエピソードでまるっと括って覚えている
「遅刻するのは、わるいことではない」との論も本に書いていて、ネットニュースでも取り上げられていたが、それはこのような理由からだと述べている。
『ぼく(ひろゆき)が人に呼ばれるのは、「何かいいアイデアを出してほしい」「何かおもしろいことを話してほしい」ということを期待するからで「時間どおりに来て座っていてくれる人だから」という理由ではない
ぼくは知能指数も記憶力もあまりよくないので、頭のいい人が100点だとすると感覚的に70点くらいです。
ぼくは絶対に無理して起きることはないので、体調管理は万全でほほ70点をキープできます。そして、仕事の種類的に打席数が多くないので。「毎回きっちり70点の仕事」をする」という働き方ができるわけです。
この理論を正しいと思い込んでいるので「寝ていて遅刻する」ということを自分に説得できるのです。』
でも、こんなふうに言っていても、遅刻はやはりないのがベストだ。『体調管理ができず寝不足で能力がないままに出るよりはいいだろう』という、最悪のパターンを引き出して正当化を図っているように読み取れる。
遅刻はせずにそのうえで、結果をどう出すかがポイントであると思える。
今日は、ひさびさに彼のYOUTUBEを観たが、お酒を飲みながらゆさゆさ体をゆらしながら自由自在に話題をあちこち横道にそれながら話を重ねていく姿はいつも通りだった。
その話題の豊富さに、注目されている論理の展開や正当化に隠れている「知識量の多さ」というのも伝わってくる。
